2009年11月18日 (水)

行きたかったところ 2

みゅう弟です。

これは9月末からの入院の時。この頃は入院中でも夜一時外出などをして出歩ける状態でした。

一時外出先を物色するのも楽しみの一つですが、行けるところも、行きたいところも限りがありました。

待合室で話をしていた時、ふとライトアップされた東京タワーを見て、「俺、そういえば東京タワーって行ったことねぇなぁ」と。

それなら今度行ってみるか、と言っていたのですが、これもまた行かぬままでした。

080901_16570001

| | コメント (0)

2009年10月29日 (木)

入院

みゅう弟です。

昨年の今日、2008年10月29日が最後の入院となりました。

この二日前から患部の痛みがひどくなり体調を崩していました。こういう状態になったとき、それ以前であれば直ぐにでも入院するための連絡を病院にしていたのに、この時はなかなか連絡をしませんでした。


今となっては分かりませんが、「これで入院するともう出てこれないのではないか」と思っていたのかもしれません。


これまで、痛み止めのモルヒネは飲み薬として服用していましたが、それでは痛みの制御が利かず、栄養補給と合わせて点滴で行い、投薬量も一気に5倍近くにもなりました。



痛み止めの点滴投与は、栄養補給とは違い完全に医療行為なので自宅では実施することが出来ません。痛みが軽くなれば飲み薬に戻すことは出来ますが、「治療」を行っていないので、ガンが小さくなることも、痛みが軽減されることも期待することはできません。この段階で、もう退院はできないと判断せざるを得ませんでした。

| | コメント (0)

2009年5月 5日 (火)

卓越した医療チーム 追記2

みゅう弟です。

やっぱりナースでした。

入院患者、特に体が弱った患者にとって一番頼りになるのはナースです。兄貴の入院生活を見ていて一番そう思いました。

劣位の立場にいる者に対し「上から目線」で「やってやっている」という感じで患者に接しているナースの姿を見たことがあります(この病院ではないですが)。こんな感じでは、同じ事をしてもらっても患者としては後味が悪いし、治るもんも治らないと思います。

その患者を一人の人間として尊重し、事務的にやるべきことを単に「こなす」のではなく、想像力を働かせ、患者の状態を見ながら対処する。その対処の結果どうなったかちゃんと観察する。問題があれば次回の対処に改善する。全てにおいてこういう訳にはいかないけれど、概ねこういう対処をしていただいたと思います。

どんなに高度な医療技術よりも、どんなに優れた宗教的な教えよりもどんなに高尚な哲学的思想よりも、あなた達の「笑顔」と「声」と「手」の方が患者の「救い」になっています。

兄貴が亡くなった後、担当のナース達がみんな鼻を真っ赤にして泣き腫らしながら兄貴の身づくろいをしてくれました。あの姿は忘れられません。それと同時にある種の驚きでもありました。こんな風な感情を持って兄貴に接してくれていたんだと。


あなた達の仕事は本当に素晴らしい。兄貴と僕ら家族がどれだけ助けられ、どれだけ救われたことか。感謝しています。どうもありがとう。


1月の下旬に兄貴の部屋にあったモルヒネなどの薬を返す為に病棟を訪れました。ちょうど兄貴を担当していてくれたナースお二方がおられ、薬をお返ししました。病棟とナース、本来ならば辛い思い出や、悲しい思い出を喚起させられても不思議ではないのに、なんだか懐かしい思いいっぱいで穏やかな気持ちのまま、しばしお話させていただきました。帰り際、「これでこの方達とお会いするのは最後なんだな。」と思うと、「なんだかこの人たちとこのままずっと繋がっていたいなぁ。」という感じがしました。

この感情はきっと僕のものではなく、兄貴が感じている、兄貴が思っていることなんじゃないかなと僕は思っています。

| | コメント (1)

2009年5月 3日 (日)

卓越した医療チーム 追記1

みゅう弟です。

「卓越した医療チーム」と題して書いて来ました。登場人物はもっと多いのですが分かりやすくしようと思い簡略化し表記しましたので、この先生のことはあえて書いてはおりませんでした。

でも、

「おい、C先生のことが書いてねぇじゃないか!」

と兄貴に怒られそうなので、兄貴が凄く信頼していたもう一人の先生C先生のことを追記します。


C先生は担当医として、兄貴の治療に長く携わっていただきました。病室にも一番頻繁に顔を出してくれていました。

C先生は質問が凄く的確で、患者が何となくもやっと感じていることをこの的確な質問で明確化してくれます。患者の状況が明確化されたことにより対処もおのずと決まってくるのです。

「C先生は若いけど、すげー出来るんだよ。いい先生なんだよ。」と自分の身内の自慢話をするように僕に話していました。その時の兄貴の表情がとても誇らしげで嬉しそうだったことを良く覚えています。

兄貴は、B先生同様C先生に対しても全権の信頼を寄せていたので、よく相談をしたり、C先生に指示されたことは忠実に守っていました。

兄貴が亡くなった日はこの病院では手術の日。先生方は手が離せず全ての対応はナース達が行ってくれていました。夕方、血圧が極端に落ち容態急変後はこのC先生が病棟に来てくれました。最後の対処をいろいろとしていく中、心肺停止になってしまったことを、とても言いづらそうにC先生は僕らに話してくれました。

最後の死亡確認もC先生が行ってくれました。

今思い返してみると、心肺停止の告知と死亡確認の処理の対応は決して事務的ではなく、我々家族と一緒に看取ってもらったような感じすらします。

本当にありがとうございました。

| | コメント (1)

2009年4月21日 (火)

卓越した医療チーム 6

みゅう弟です。

<緩和ケア>
「治療」は行わない。「治す」という行為は行わず入院をしている。この病院は緩和ケアの専門科があるわけではない。通常の「治す」行為の隙間に入れてもらっている状態である。意外とすんなりと受け入れてもらったけれど、医療チームとしては大変な決断だったのではないだろうかと思う。兄貴はこの決断に本当に感謝をしていた。一歩間違えばがん難民となり、極度の痛みにのた打ち回りながら自宅で死ぬのを待つしかない状態になりえたのだから。

「治す」プロ達が「治さず」、痛みを和らげ、精神的に安定させる行為に注力するという医療行為を行うのである。その医療行為をバックアップするためのシステムも人員体制もこの病院にあるわけではない。それでも「最後まで面倒を見させていただきます。」と言ってくれたのである。ナース達は大変だったのではないだろうか、と思う。緩和ケア専門の教育を受けたわけではないだろうし、緩和ケア専門の医療体制があったわけではないはずだ。その状況の中で兄貴の面倒をあそこまでしっかりと見てくれた。

兄貴が亡くなった後、主治医のB先生にご挨拶に行ったときに語ってくれた。兄貴を受け入れることには、様々な議論があったそうだ。受け入れるにあたっての条件の中で一番重要なのは患者の資質、二番目は患者の家族の協力体制。この二つの条件が揃っていなければ緩和ケア体制が無い中での受入れはできない状態であったそうだ。

兄貴はおとなしく、我慢強く、理解力も高く、患者としては優良患者でナース達からも評判が良かったようである。兄貴の入院中は必ず母親が毎日見舞っていた。これも二番目の条件の重要な判定材料だったようである。

入退院を何度も繰り返していた時の退院の条件は、家族が完全に24時間付き添うことができることでもあった。

この病院にこそ緩和ケア専門科があれば良いのに、と思ってしまう。

6回に渡って書きました。全て本当のことです。誇張もしていなければ美化もしていません。先生方、ナースの皆さん、本当にありがとうございました。

| | コメント (1)

2009年4月16日 (木)

卓越した医療チーム 5

みゅう弟です。

<縦連携2>
「エスカレーション&フィードバック」
何か大きな様態変化だけではなく、患者の細かい状況変化を拾い上げ、医師に伝え対処をどう検討するかをナースが如何にやってくれるかは、患者や家族にとって大変重要である。

患者側は痛みや、不快感、不安、変化をアラームとしてあげているつもりなのに、それが的確に受け止められず、何度も何度もアラームをあげなければならないと、「何にも聞いてくれない、何もやってくれない」という不信感ばかりがつのってしまう。

これは完全にシステマチックに行われているかというとそうではないようだ。なぜならばこれは患者の資質に大きく依存するからだ。我慢強い人、泣き言の多い人、年寄り、うそつき、ばか、患者は様々だ。ナースたちはこの様々なキャラクターをそれぞれ、そしゃくしながらアラームの内容を吟味する。エスカレーションすべき、対応すべきと判断するとアクションにつながる。患者とナースの間でこのアラームとアクションの認識判断のズレがおきると不幸な結果となるようだ。

兄貴の場合、入院歴が長いということも手伝ってか、不幸なことにはならず、逆に安心して入院生活を送ることが出来た。ナースたちは兄貴の細かいアラームにも迅速に対応してくれる、いろんなアイディアを出してくれる。自分たちで対応したことに「これでいいのだろうか?」と本人や僕に聞いてくる。問題が起きるとすぐに医師にエスカレーションし
対応策を検討する。決まった対応が何なのかを患者と家族にフィードバックし、即座に対応する。

これはシステムと言うよりは、ナース個人の技量と資質そして患者との関係によって生み出されている。そしてこれはナースたちのほんの小さな患者への「気遣い」に支えられている。このちょっとした「気遣い」が素晴らしいナースたちである。「がん病棟」と言っても過言でない、兄貴の入っている病棟でのナースたちの職務は旗から見ていても本当に激務そのものである。心身ともに余裕のある時に見せる「気遣い」とは分けが違うのだ。職務の中で完全にてんぱっている状態の中で出てくる「気遣い」は本当に確かなものであり、真実だ。

だからこそ患者との最初のインターフェースであるナースの仕事は本当に重要であり、縦連携の鍵なのだ。これは構造上ナース個々人の能力資質に依存せざるを得ない宿命を持っている。個人プレーであるからこそ、人によってのレベル差があることは否めないが、兄貴の場合、患者を安心させるに足りうるレベルにあったことは間違いなく、僕ら家族の評価も同様にかなり高いものになっている。また家族だからこそ、この質の高い献身に感謝の念が絶えないのである。

ナース達が、彼女達の「気遣い」の心をしっかりと保ちながら、彼女達の持ちうる想像力を遺憾なく発揮し、患者達への対処の力が十分に発揮できるのは、きっとこの病院の教育なり、指示命令系統なり、医師とのコミュニケーションなり、の体制がしっかりと整っていて、それが患者の方に向いているんだろうなと思ったのである。

| | コメント (0)

2009年4月 9日 (木)

卓越した医療チーム 4

みゅう弟です。

<縦連携1>
この病院、他部門との連携がしっかりと行われていると前述したが、縦の連携もしっかりしている。これは大きく分けて二つの重要なファクターがある。「治療方針・対処方針の徹底」と「エスカレーション&フィードバック」である。これが部長から現場のナースまで縦のラインでしっかりと行われている。

「治療方針・対処方針の徹底」
「えっ?○○先生はこう言ってたのに...。」ということが殆ど無い。一度説明された様々な方針が誰と話をしていてもブレていない。現場のナース達にも展開され、徹底されている。状況が変わり方針転換されても、それへの対応も早く感じられた。それとナースの入院患者対応の標準化も積極的に行われており、ナースが患者、家族へのヒアリングを入念に行い詳細な患者対応指針を個別の患者ごとに文書化しているのにも驚いた。

| | コメント (1)

2009年3月19日 (木)

卓越した医療チーム 3

みゅう弟です。

<信頼>
主治医を信頼できるということは、患者と家族にとっては、そのこと自体が大きな安心につながる。これは精神衛生上大変大きいことだ。兄貴はこの病院で、この主治医B先生とのやり取りの中でその安心感を確実に得ていた。

一方、「再発したら...。」とか、「動けなくなったら...。」とか、「死んでしまうかも...。」といった「がん」そのものによって引き起こされる様々な苦痛と命に対する不安が取り除かれるわけではないのも事実。たとえそうではあっても、この治療に対する安心感があるとないのでは全く違うのだ。僕ら家族ではどうすることも出来ない「よりどころ」が本当に信頼できる形で享受することが出来ていたのである。

前述の<横連携>に表されるこの病院の組織的な基盤、それらを運営している誠意あるスタッフ、個々人の仕事に対する真摯な対応があいまって、兄貴はこの信頼を得る事ができたのだろうと思う。そして一番決定的に重要だったのは主治医B先生の兄貴に対する「誠実さ」と「懸命さ」だったのではないかと僕は思っている。

「俺、B先生の為になるんだったら、死んでから病理検体でも何でもやってもいいよ。」

確か9月30日の入院の時だったと思う。兄貴からの電話を受け、自ら入院の手配をやってくれ、無理やり当日に入院の段取りを取ってくれたB先生との話を終え、兄貴はこう言っていた。

| | コメント (0)

2009年3月14日 (土)

卓越した医療チーム 2

みゅう弟です

<横連携>
放射線化学療法が始まる時のブログにも書かれているように、ここの病院では大きな治療に当たる場合の部門間連携が柔軟に行われ、各々の立場から積極的なディスカッションのもと治療方針が決まる。「こちらは○○科だから××科のことは分からない。」ということが無い。僕らは周りにこういう大病の経験が無いので当たり前のように思っていたけれど、実は現実にはそうではないケースが多いようだ。特にその病院が大きければ大きいほど、社会的な権威があればあるほどセクショナリズムは強くこういった連携が希薄になるケースが多いという話を最近知人などから良く聞く。

今思い返してみると、放射線化学療法開始の時も、最初のがん再発での内視鏡手術の時も、その後の食道狭窄治療の時も、食道摘出手術の時も、いつもそうであった。主治医であるB先生から受ける説明内容には、他部門との深いディスカッションの結果導き出されたものと思われる治療方針、考察、想定リスクなどが含まれていた。それらは僕ら素人でも、他部門と十分な連携が取れていること分かる内容であった。

こういった真摯な対応の一つ一つが、兄貴の「主治医に対する信頼」の礎になっていったことは間違いない。

| | コメント (0)

2009年3月11日 (水)

卓越した医療チーム 1

卓越した医療チーム 1

2年と9ヶ月にわたり本当にお世話になったのは部長を筆頭とした医療チームです。部長、主治医、担当医、そしてナース達。

すばらしい方達の話をする前に...。
<Introduction>
最初に受診した埼玉の○○病院。いい加減な内視鏡検査でがんを見逃し半年以上もほったらかしにしたこと、のどのつかえに対する不適切な治療、不必要な坑うつ剤の投与、ドクハラに近いがん告知、自分たちで見逃した結果大きくなりすぎてしまったがんの対処が自分たちではどうにもできず、「俺たちには何にも出来ないからさ、早くここから出て行って、自分たちで勝手にいい病院さがせよ。」と言わんばかりの治療方針説明、兄貴を使って動脈カテーテル挿入の練習をする若手医師等々、褒めだしたら本当にきりが無い、まぁ惚れ惚れするような素敵な病院でした。

<初見>
兄貴の知人経由でこの病院の部長を紹介してもらいセカンドオピニオン。A先生、持ってきた資料(カルテ、CT、レントゲン等)を1分ぐらいでざーっと目を通したあと、30分ほど一気に状況説明してくれました。現在の状況詳細、治療として出来ること出来ないこと、治療オプション、オプションごとに想定されるリスク、オプションごとに想定される治療後の結果と対処等。これらのことを非常に論理的かつ分かりやすく、そして患者としての選択判断の余裕を与えつつしっかりと説明してくれました。先の「素敵な病院」の医師とのあまりの技量差に驚愕し、感動すら覚えました。迷うことなく「素敵な病院」と別れを告げ、この病院での治療を選択しました。僕が、このA先生との初めてのやり取りで何よりも一番大きく感じたのは、医師としてと言うより人間としての「誠意」でした。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧