2011年5月16日 (月)

嫁入り①

みゅう弟です。


このブログには似つかわしくないタイトルですが実はギターの話。

以前ここでも紹介した兄貴が持っていたFujigenのギター。これは亡くなる4ヶ月前、池袋のホテルに滞在をしていた時購入したもの。人生最後に手に入れたギターということになる。




Fujigen




このギター、セミホローのボディでホントに軽い。軽いけれど鳴りは良い。この頃兄貴はかなり体重が減ってしまい筋肉など殆ど無いような状態。弾く時自分の太ももにギターを乗せると重みで足が痛くなってしまう。セミアコで軽いのが無いかと物色していたところ見つけたようです。

震災後、我が家では「物を減らす」運動が盛んになっておりその一環としてギターを整理しようとしております。僕のギターと兄貴のギターエレキ、アコギ、ベース等を合わせて11本。僕のメインギターと兄貴の「気絶ムス」、12弦アコギ、ベース、他1本の5本を残し整理することにしました。

そこで上に書いたFujigenのギターをどうしようかなと悩んでおりました。そこで思い立って、以前から考えていた方に貰っていただこうとご連絡してみました。


この方、兄貴の大学時代の友達で当時一緒にバンドを組んでいたこともあるそうです。。兄貴がホテルに滞在していた時、たまたまこのギターを購入した数日後にホテルに見舞いに来ていただきました。その時、このギターの話題で盛り上がったことを僕は兄貴から聞いていて、印象深く覚えておりました。


ご連絡したところ、僕の申し出をすごく喜んでいただき、お会いしてお渡しすることになりました。

「あの夜のことは僕にとって三浦との大切な思い出です。ホントに楽しかった。」

ホテルに見舞いに来ていただいた時のことをいろいろとお話していただきました。「病人を見舞うというより、ただ単に気の置けない友達と大好きなギターと大好きな音楽の話をさんざんして帰ったっていう感じでしたよ。」とのこと。

ギターをお渡しした後は、兄貴の話はそっちのけで、二人で音楽の話、楽器の話で大盛り上がりとなりました(笑)。

「このギターは飾っておくんじゃなくて、なるべく弾くようにしますね。」

帰り際にはこうおっしゃっていただきました。

良い嫁ぎ先に嫁入りすることができたなと僕はひとり満足しておりました。

どうもありがとうございました。

追記
ギターの嫁入りの話は他にもあり、まだこのブログに載せていなかったので追ってアップいたします。

嫁入り②:Fender USA Stratcaster
嫁入り③:Epiphone CASINO

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2011年2月 7日 (月)

蒲田組の新年会

みゅう弟です。

 

先月の話ですが、兄貴が参加していたセッション・サークル「蒲田組の新年会」がありました。例年は<納会>として年末にセッションが行われるのですが、今回はスケジュールの都合上、年明けの<新年会>となりました。

 

参加者50名、演奏曲27曲、2回の休憩を挟んで約6時間の大セッション大会、吉祥寺にある老舗スタジオGOKでとりおこなわれました。

 

僕も2曲ギターを弾きました。もちろんギターは兄貴の「気絶ムス」!

 

 

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聴かせどころあり、笑いどころあり、みんながみんな心ゆくまで音楽を楽しんでいます。ほんとに楽しかったなぁ。

 

 

楽しく楽しく過ごしながら、ぼんやりと兄貴のことを考えていると、主宰のKNGさん、

 「ひなさん(同じ蒲田組のメンバーで兄貴より少し前に亡くなられた方。兄貴もこのブログで追悼の言葉を捧げている)とみゅうさんも今も変わらず僕らの仲間だ!」と参加者みんなに語ってくれました。

 

とてもとても嬉しかった。

 

 

そしてもうひとつ。

 

自分の演奏が終わり控え室でギターを片付けていると、他の参加者の方が僕のところへ来てくれました。

 

「みゅうさんのギター持って来てくれてありがとう。」

 

その方は兄貴のことをいろいろと思い出してくれていたようで、蒲田組での兄貴の思い出をいろいろと僕に語ってくれました。

 

「みゅうさんって、本当に良い人だったんだよねぇ。」

 

その方の目には涙があふれていました。

 

 

僕は本当に嬉しかった。兄貴のことをそんな風に思い出してもらって凄くありがたい気持ちで一杯になった。今思い出しても涙が出そうになる。

 

 

KNGさんの変わることの無い彼の暖かい友情と、兄貴の思い出を語ってくれた方の屈託の無い優しさ、思いやりの深さに心の底から感謝した「蒲田組の新年会」でした。

 

 

こんな素晴らしい集い、きっとあの男も参加していたに違いない!

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2010年9月22日 (水)

うた1

みゅう弟です。

こちらの記事でも書きましたが、左手が動かなくなりギターが弾けなくなってしまってからも、積極的に音楽に接しようとしておりました。

死んでしまうまでに残された、「不自由で無為に長い」時間を自分の人生の中に取り戻すためには、その時間を大好きな音楽に使いたいと無意識裏に感じていたんではないかと僕は思っています。

「うた1」
*************************************************
歌を書こうと思い始めたある日曜の午後に
何を書けばいいんだろう 
自分が歩いてきたこの道を書くしかないんだね
*************************************************

亡くなってからこの歌詞を見つけた時、兄貴が亡くなる前にこのうたを完成させてあげたかったなぁ、と。そんな時間をたくさん持たせてあげられればよかったなぁ、と思いました。

僕は、兄貴の書きかけのこの曲をどうにか完成させようと思っていました。何度か取り組んでみたものの、どうもかたちになりません。かたちになるどころか、曲のコンセプトもアイデアも明確には浮かんではきませんでした。僕としては行き詰っていたのでそのまま手付かずのまま時間が過ぎていきました。

ちょうど僕らがパリに行く前、兄貴の友人のギタリストKNGさんにお会いする機会がありました。思い切ってこの曲の続きを作ってもらえないか(これは別な思いもありお願いしてみたのですが)提案をして見ました。

「これはじろくんが作ったほうがいいよ。」とKNGさんは促してくれました。

僕には全く予感が無かったのですが、何の気なしに僕はKNGさんにこんな風に答えていました。
「そうですね。フランスに行ったら何か見えてくるかもしれない。それが見えたらこの曲がかけるかもしれませんね。」と。

結局、KNGさんが促してくれたこととフランスで僕が感じた様々なことが僕の中で何か作用したようです。

先日、この曲が完成しました。曲のタイトルは「Misy (ミジー)」。いつかここでもお披露目ができればと思っております。とりあえずここでは下記に歌詞を掲載いたします。



「Misy(ミジー)」
作詞:三浦真司、三浦二朗 作曲:三浦二朗

歌を書こうと思い始めた ある日曜の 午後に
何を書けばいいんだろう 何を書けばいいんだろう
自分が歩いてきたこの道を この道を書くしかないんだね

あなたが歩いてきたその道はあなたと繋がる人の声
僕らにも聞こえているよ

あなたの声が聞こえてくるよ 僕らの笑顔も見えているんだろ
みんなで歩いた川のほとりには 今でもあなたの時間が流れている

Misyへ         Misyへ

解けてしまった繋がりもあるでしょう 繋ぎとめたかった人もいるでしょう
今ある繋がりこそあなたの歩いた道  あなたが歌おうとしたのはその繋がり
僕らはじっと耳を澄ましてる  大切な声が聞こえるように 

あなたは遠くを  吹いている風   僕にはとても手の届かない
彼方を漂っているよ

あなたの声が聞こえてくるよ 僕らの笑顔も見えているんだろ
みんなで歩いた川のほとりには 今でもあなたの時間が流れている

あなたの歩くこれからの道は  歩こうとしていたこれからの道は
僕らと共に優しく穏やかに    僕らと共に描いていくんだろ

Misyで         Misyで       Misyで

Misy

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2009年11月29日 (日)

DTM

みゅう弟です。


「単なる暇つぶしをして、有り余る時間を浪費する」ことに兄貴は焦りを感じていました。なぜならそれは本当は「有り余る時間」ではなく「残された限りある、目の前に終わりの見える切実な時間」だったからです。


兄貴はそれを言葉にして表すことはなかったけれど、僕はそれをヒシヒシと感じていました。


僕は何か意味のあるイベントを作らねばといつも焦っていました。特に僕のライブに出演してもらった後、何も予定やイベント、これといったやることというのが無かったので、より一層でした。


体が不自由な状態でも出来得ること、出来得る可能性があることのひとつが音楽でした。ギターはもう弾けなくなってしまった。それでもキーボードは片手でも音が出せる。せっかく音を出すならただ単に演奏するのではなく、何か曲を作りたい。そんな風に考えていたようです。そこでPC上で演奏したり、録音したり、作曲したり出来る環境があれば身体に無理なく「意思的に」音楽に接することができると。


兄貴が買い揃えていた、DTM関係のアイテムはうまく動きませんでした。あれこれやっても音が鳴らず、音が鳴っても変な電子音等々ぜんぜんでした。

僕らのライブの前日、ミュージシャンの友人にヘルプを頼みました。彼には兄貴の状況はそれまで伝えておらず、その日初めてガンのこと、余命のこと等を話し、兄貴のPCでDTM環境を構築して欲しい旨お願いしました。僕は焦っていたので、出来ればライブが終わったら直ぐに使いたい、一度兄貴の家に来て欲しい等々本当に無理なお願いをしてしまいました。

彼は何も言わず、直ぐに状況を理解してくれ、彼の出来得る最善の提案をしてくれました。彼はその時、個人的な大きな心配ごとを抱えていたり、新しい状況に直面していたりと大変な時期でした。そんなことはおくびにも出さず、僕の兄貴のことを最優先で考えてくれ、自分ができる最善のことを僕にしてくれました。

ちょっと時間はかかったけれど、彼のヘルプのおかげでどうにかPCでの音楽環境は整いました。それまでの間も何度も、連絡をくれたり心配をしていてくれました。


兄貴が亡くなった後、「会ったことはは無いけれど手を合わせたい」と僕の家まで来てくれました。


本当にありがとう。あの時、無理なお願いをしてごめんなさい。君の心の優しさに本当に感謝しています。

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2009年10月18日 (日)

出られたLive

みゅう弟です。

1年前の今日、2008年10月18日(土)、僕のバンドのライブにゲストで出てもらいました。

話のきっかけは「気絶ムス」。兄貴がこれを手に入れて凄く嬉しそうだったので、家でチョロチョロ弾くだけでなくこのギターでちゃんと「演奏」する機会があったら兄貴が喜ぶだろうなぁ、という僕の勝手な思いつき。バンドのメンバーに相談すると「音楽を愛する仲間としてぜひ協力させてほしい。」と。

兄貴に声を掛けてみました。

池袋のホテルに滞在していた時、「今度ライブがあるんだけど、1曲弾かない?」

あまりに唐突な申し入れに一瞬ひるんだのですが、「えぇ?でも、弾けるかなぁ...。そうかぁ、でもやってみようか!」

嬉しそうな顔をして答えてくれました。曲は兄貴に選んでもらう事に。選ばれた曲はJohny, Lewis & Charの『Song In My Heart』。


曲が決まってから、「どこ弾く?」、「ギターソロどうする?」、「アコギにしてみようか?」などライブへ向けていろいろと楽しい話(こんな話楽しいのは本人達だけですが...)で盛り上がったり、二人で一緒に弾いたりしていました(これも結局は一度だけでした)。


9月の上旬、兄貴の左手は全く動かなくなってしまい、ギターはもう弾けなくなってしまいました。


それでも「ライブには出る」と言ってくれました。兄貴がこの曲を歌うことになりましたが、バンドと音合わせが出来たのが1回だけでした。


当日は調子も思わしくなく、本当は退院する予定だったのが医師からのOKがでず、ベッドを残したままの仮退院。病院から一時赤羽に戻り本番まで待機、ライブハウスに来れるかどうかギリギリの状態でした。

でもどうにか到着、最後の曲で『Song In My Heart』を演りました。

僕らは7曲演奏したのですが、最後のこの曲だけなんとも表現のしようが無い妙な感覚でした。曲の構成がどうとか、次のコードがどうとか、音程が外れたとか、ギターをミスタッチしたとか。普段、演奏中はこんなことばかり気になりながら演奏しているのが、この曲に限ってそんなつまらないことに一切とらわれず演奏していました。その状態がもの凄く気持ちよくて、楽しくて、4人の一体感があって、他の6曲とは全く違う感触でした(この感触は他の2人のメンバーも同様のことを感じていました)。なんだか誰かに弾かされているような感覚。演奏や歌が上手いとか下手とか、そんなものを大きく超越した「音楽」がそこにあった気がしました。本当に楽しかった。

兄貴自身がこの日のことをどう思っていたのかは良く分かりませんが、(僕は演奏中全く気付かなかったのですが)兄貴は歌いながら涙を流していたようです。

翌日、「凄い楽しかったよ。どうもね。」と言うと。「ああ、俺も。」とだけ返ってきました。結局、このライブの話しをしたのはこの会話だけでした。

この日から約一年になりますが、同じ場所でライブをやろうと思っています。

<John G. Rose Live>
日時:2009年10月31日(土) Open 16:30/Start 17:00~
場所:大塚Welcomeback
出演順:John G. Roseの出演は1番目17:00~17:45です。
料金:チャージ¥1,000(Drink別¥500~)

大塚Welcomeback:http://www.welcomeback.jp/
地図:http://www.welcomeback.jp/map.htm


僕は今回「気絶ムス」を弾きます。『Song In My Heart』も僕が歌います。もしこのブログをご覧になっている方でこの「気絶ムス」を目撃したり、「気絶ムス」の音を聞いてみたいという方がいらっしゃいましたらぜひライブにお来しください。大歓迎です。きっとあの男もあの世から参戦してくることでしょう(笑)。


大変お手数ですが、もしライブに来ていただける方がいらっしゃいましたら事前にこちらにメールを頂けると幸いです。人数把握のためにぜひご協力をお願い致します。

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2009年9月 6日 (日)

行けなかったLive 3

みゅう弟です。

テケテケな話はまだ続きます。あの酷かったベン○ャーズを見てしまった後、寺内タケシ三島公演を見つけ、ちょっとした小旅行をかねて行こうか、ということになりチケットを取りました。あのNHKで見て感動したご本人です。「これは、はずさねーだろ!」と言ってニヤニヤ笑っていました。

寺内タケシとブルージーンズ
2008年9月14日(日) 開場13:00 開演14:00
会場:三島市民文化会館 大ホール
主催/三島市民文化会館・全寺連静岡支部 

Live前日には小田原の友人を訪ね小田原で飲む、という別なお楽しみも追加されて、三島行きを楽しみにしておりました。

しかし、Liveの1週間前にこんなことが!全ての予定はキャンセルです。


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いろんな事が起きますなぁ。

追記
この三島公演は地元の寺内タケシファンが経営する楽器屋さんが取り仕切っており、チケットはここに申し込みました。長い間座っていることがそろそろ困難になってきていたので、直ぐに外に出られるよう<最後列の通路側を2枚>という無理なお願いを快く引き受けてくれました。どうもありがとうございました。ちなみにこの楽器屋さんのHPはかなり頭が悪そうで、兄貴も喜んで見ていました。

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2009年8月18日 (火)

FUJIGEN

みゅう弟です。

またギターの話。

ホテル滞在中は池袋の楽器屋によく行っていました。

「もう金なんか持っててしょうがねーから、またギター買っちゃおーかなぁ。」とニヤニヤしながら言っていました。

ある日の夜、僕がホテルに戻ると、兄貴がやや興奮気味に「いいの見つけたよ。小さくて軽くてすげー弾きやすいんだよ。いやぁ、小さいけど結構鳴るんだよなぁ、これが。」と今日見つけたギターの話をしだしました。

ホテルから程近い場所にある、ギターのカスタムショップとしては老舗の「FUJIGEN」。ここでなにやら良さげなものを見つけたようです。

翌日。

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「買っちゃったよ!」と嬉しそうに、ややはしゃぎながら、新しいギターを見せてくれました。

肉体的にはだんだん辛くなってきたこの時期でも、こういう小さな楽しみがあることは大きな救いでした。

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2009年8月14日 (金)

行けたLive 4

みゅう弟です。

2008年8月9日 銀座TACTに三根信宏のLiveを見に行きました。

寺内タケシ→ベンチャーズからのテケテケつながりです。

僕は良く知らなかったのですが、兄貴は良く知っていたようで「三根信宏って知ってる?...」と言うメールが来たので調べたら、ちょうど1週間後ぐらいにライブがあるというので行ってみました。

会場は予想外に満員。予約をしてない僕らはやっとのことで最後列の席を確保できましたが、このちょっと後にSold Out!会場はジジイとババア、それとジジイにつれて来られたクラブのママみたいな人たちでごった返していて、我々中年おやじ二人組はかなりの若手。意外な人気ぶりに驚きました。

三根信宏の演奏はとても良かったもののバックバンドがいまいち。演奏する曲も、ギターの音色が映えるカッコいい曲もあったけれど、ジジイ、ババアに受けるような昭和歌謡をギターアレンジしたような曲が多くこれもまたいまいち。MCにいたっては寒いを通り越して、健常者もガンになりそうなくらい辛いもの(でも会場はバカ受け!)でした。

兄貴は「せっかくギターは良いのに、もったいねぇなぁ。今日は負け色の濃い引き分けかな。」と言いニヤニヤしていました。


ライブ終了後、機材チェックをしにステージに近づくとご本人からこれをいただきました。

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結局これが兄貴と行った最後のライブとなりました。一勝一敗一引き分けでした。

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2009年7月30日 (木)

行けたLive 3

みゅう弟です。

1年前の7月30日、この人たちのLiveを見に行きました。

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これの半年ほど前、NHKの歌謡ショーで<寺内タケシとブルージーンズ>が放映され、このときの寺内タケシのライブを兄貴はえらく気に入っていました。僕も見せてもらいましたが、寺内タケシのギタープレイは完全に「芸」の域に達しており、『津軽じょんがら節』などは感動すら覚えるほどすばらしいものでした。

テケテケつながりで、この人たちを見たいと思い立ち、自分でチケットを手配し二人で見に行きました。


酷かった。



究極のやっつけ仕事。ただただ往年の名曲をダラダラと演奏するだけ。それでも会場は大盛り上がり。あまりの低調な演奏に嫌気が差し途中で出てきました。寺内タケシの後、期待が大きかった分グッタリしてしました。

「一勝一敗だな。」と兄貴が帰りの車の中で言いました。「スモーキーメディスンが勝ちで、今日が負け。」


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2009年7月27日 (月)

気絶ムス

みゅう弟です。

1年前の今日2008年7月27日、兄貴は<気絶ムス>を手に入れました。

※<気絶ムス>:Charさんが「気絶するほど悩ましい」をリリースした時に使っていたタイプの改造ムスタング。


これ以前に、兄貴は66年のムスタングを持っていました。でもこのムスタング、なかなか言うことを聞いてくれず、何度メンテナンスに出しても鳴らないわ、チューニングは狂うわで手を焼いておりました。ついに兄貴はこのムスタングを手放すことに。Charファンの間では有名なグラウンワイドへこのムスタングを売りに行きました。この日はいつもにも増して体調が悪かったのですが、猛暑の中病院を一時外出しお店までたどり着きました。下取りの手続きを終え、店内にたくさん飾られているムスタングを見て回っていました。そこでCharファンの間で<気絶ムス>と呼ばれるこのムスタングに出会ったのです。





「試奏して見ますか?ここに売りに来た人は、帰りに別のギターを買って帰る人が多いんですよ。」



最初は店の中でも一番高い奴を持ってきたのでそれを弾いてみました。音の鳴り、アームを思いっきり動かしてもチューニングが狂わない。試奏していた兄貴が驚きの声をあげて本当に嬉しそう。店に着くまで苦しそうにしていた兄貴の顔が一瞬にして明るくなりました。



ひとしきり弾いた後、「あれ。弾かしてもらっていいですか?」興奮気味の兄貴は<気絶ムス>を指差した。これもまた良い音、良いコンディション。


やっとめぐり逢えた1本でした。



この2ヶ月後左手が動かなくなり、ギターが弾けなくなるなんて、この時は考えもしませんでした。

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