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2010年8月15日 (日)

渡仏巴里譚 ① お世話になった方

みゅう弟です。


まず、今日お会いするのは、兄貴が最初に勤めていた会社の先輩でもあるKさん。

Kさんはその会社のパリ支局に駐在した後、パリでご自身の事務所を開かれご活躍されております。兄貴は在職中ヨーロッパ取材の時などでもお世話になり、パリに住んでいた5年間でも、Kさんが携われたテレビ番組の演出や編集等の仕事をお手伝いさせて頂いており、いろんな面で長くお付き合いをさせていただいていたようです。

Kさんは兄貴が食道がんになってからも、病院や避暑で滞在したホテルなど、日本に帰国する度に兄貴のことを見舞ってくれておりました。兄貴からKさんの話は何度も聞いていたのですが、僕はその時はタイミングが合わずお会いすることが出来なかったので、この日が初対面でした。



Kさんとロビーでひとしきり兄貴の話をさせていただきました。



パリでの日々の暮らしぶりや一緒に仕事をした時のこと、ロケ先でのエピソードや忘れられない番組のこと等、色んな話をしていただきました。仕事を通した兄貴の横顔がよく分かるような気がしました。

とても印象的だった話は兄貴の仕事ぶり。「まかせて安心」だったそうです。

どんなに環境が悪くても、どんなに素材が不足していても、どんなに時間が短くても、真司さんはどうにかそれなりの形にしてくれるんです、と。状況や環境が十分に整っている中での仕事の品質は誰でも必要十分なアウトプットを出せるけれども、そうではない時に一定以上の品質の物に仕上げるのは、かなりの能力が備わっていないと出来ないこと。そんなプロの仕事をしてくれていました、と。そんな風に褒めていただきました。

僕はテレビや映像の仕事は全く無知なので、具体的にどういうことなのかさっぱり分かりませんが、Kさんのその言葉がお世辞やその場限りの取りつくろいでは無いということはKさんのお人柄と共に感じていたので、とても嬉しい気分で誇らしくも思いました。


そして、Kさんが一番ご心配してくださっていたのが、帰国後の仕事のことでした。僕自身は詳しいことは全く分かりませんが、仕事の内容そのものや仕事における兄貴の立場の大変さ等々、苦労していた様子をうかがい知り、遠くパリからご心配頂いていたようです。

ひとしきり話しをした後、兄貴が最初に暮らしたアパートを案内してくれました。

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緑の扉が入口

52

これのどれか。一度泥棒に入られたそうです(^_^;)

つづく

<追記>
今回僕らが渡仏するにあたり、ホテルの手配やら、お世話になった方々声をかけて集めてくださったり、Misy行きの段取り、送迎をしてくださったり、パリでのいろんなことを教えていただきました。心より感謝申し上げます。

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