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2009年4月18日 (土)

来年3月15日

みゅう妹(in-law)です。

兄さんのご贔屓、立川談春さんが書いた『赤めだか』。今や講談社エッセイ賞も受賞し発売一年で12万部の売れ行きだそうですね。我が家では発売当初に読んだ兄さんから勧められて夫→私と読みました。

談春さんのヒネクレた感覚と私のそれは、かなりマッチしていて読みながらニヤニヤ。兄さんの病院に行くときの電車で読み、気になった箇所や言葉を病室で兄さんに聞くという一冊で二度の楽しみがありました。

もうすぐ読み終わる頃、「次にお薦めの本は何ですか?」と聞いたら「う~ん何だろうな~」と言いながら黙る兄さん。ずいぶん経ってから突然「落語聞いてよ、談春の。」(今思えば、かなりの読書家にオススメの一冊を、しかも体調の悪い時に絞らせるなんて!ひどいことをしたものだ)そんなやりとりもありました。

そうやって読了がもったいないからわざとゆっくりしている内に兄さんは旅立ってしまった。この本を読み終えてしまったら、もっと寂しくなる。そう思ってしばらくは手に取ることさえしなかったのです。

四十九日法要も過ぎたある日。
兄さんのお墓に一人で行く用事があってなぜか読むなら今日だと急に思い立ち電車の中で久しぶりに『赤めだか』を開いた。読み進め、最終章のある一文を読んだ時に、あぁ兄さんが談春を好きな一番の理由はここだったんだろうなと思った。

「ギャグの羅列でプッと吹き出してゆくうちに、爆笑に繋げる噺の方が余っ程難しい。ストーリに則って人物描写があって情景描写があって余韻を残しながら、終わる。その余韻の中にほんの一言だけ、感じる人にだけ、そっとメッセージが添えてある、というのが好きなのだ。」 
(立川談春『赤めだか』より)

独演会に一人で行ってそっと涙したブログの記事を思い出した。

して改めて不思議に思う。
兄さんが携わっていたテレビの仕事は、いかに最大公約数にウケるかが肝なわけで。わかる人だけにわかれば、というのが好きな兄さんは長年あの業界でどう折り合いをつけて仕事していたんだろう。割り切っていたのか孤軍奮闘だったのか。

…と夫に話したところ「三浦さんはあの業界にあってもブレることなく良心を持ち続けて仕事をしていた、と一緒に仕事をしていた方々が話してくれたよ。」とのこと。自らの姿勢を貫き、それをわかって下さっていた同僚の皆さんと仕事した日々だったんだとしみじみ思うのであります。

兄さんのCD棚に残されていた、談春さんのCD「来年3月15日」をいつ聞こうかと思っている春の日です。

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