大みそかのこと(11)
01:00am
あれ、いつの間にかナースがひとり交代している。
この病院に世話になってもう二年、文句を言いたくなるようなナースにでくわしたことはない。新人ナースで採血を失敗したってにこにこ笑って許してしまう。おれは心の広い人間なのだ。でもこのときは、そんなに痛くなければ、ちょっと、ちょっと、と注意したぐらいじゃすまなくて、テーブルひっくり返すところだぞ、というナースがいた。おれが運びこまれてからずっと、ぶーたれまくりだったのだ。
この救急治療室に入ってからおれにはナースがふたりついていた。ナースの職場は外来・病棟・手術室・ICUなどときちんと分けられていて、この救急治療室にはここ専門のナースがいる。運ばれてきたときに病棟からおりてきたナースは基本的にはなにかあったときのお手伝いということらしくこの救急治療室にいる間は指示されないかぎりは手を出さない。
そのふたりの救急治療室ナースうちひとりはとても若くてひとりはとても若くなかった。このとても若くない方がとにかくぶーたれ続けているのだ。このとても若くない方のナースがとても若くないからけちをつけているわけではない。おれは、とても若いとかとても若くないとかいう基準でナースを判断するような愚かな人間ではないのだ。
患者のなかには、若いちゃらちゃらした茶髪のねーちゃんよりもベテランのナースのほうが安心できるなどというじじいもいたりするけど、そーいうじじいから見たら、おれから見てとても若いナースもとても若くないナースもおなじように若く見えたりするかもしれないし、っていうかそんなことはどーでもよくて、ぶーたれナースのはなしだ。
よーするに、大みそかの夜、予定では自分はもっと早く帰るシフトだったんだけど交替するはずのナースがおくれているだかなんだかでとにかく帰れない。どーなってんだ、ということらしい。そのことをとても若い方のナースにぶーたれ続けているのだ。ととても若い方のナースは「患者の前でそんな話をしなくても」ということを言いたいんだけど相手がとても先輩なのでそんなこと言えないし、というような雰囲気であいまいにうなずいているだけだった。
たぶんここは救急病院ではないので、救急治療室というのはもともとそんなに忙しい職場ではないはずだ。そこにこんな患者がかつぎこまれてきたうえに、緊急に手術だなどというやっかいなはなしになってどたばたしているわけで、予定どおりに帰れていればということを考えれば、まあ分からんでもないけどさあ。「痛い、痛い」と苦しんでる患者の横でそんなはなししてんじゃねえよ。まだ生きてんだぞ、ばーろー。
おまけにこいつは仕事ができない。さいしょに痛み止めの点滴の針を刺すときに失敗して「三浦さんは血管が細いんですねえ。こんな細い血管は初めてですよ」とかほざきやがった。うそをつけ。おれはこの二年間のあいだに何百回も採血してきたけど血管が太くて静脈をつかまえやすいのでみんなに喜ばれてきたのだ。そりゃあ新人ナースが失敗したことはあったけど、そんなへたっぴだって二ヵ月もすればちゃんと針を刺せるようになっていたのだ。けっきょくこいつは「これは先生にやってもらいましょう」とかいってドクター1号にふってしまったのだった。
まあ、とにかくいつの間にかそんなナースが消えていたのはありがたいことで、これであとは心安らかに手術を受けるだけ、だと思っていたら……
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コメント
「だと思っていたら…」そのとっても若くないナースが執刀医で再び現れた!ちがう?
投稿: アミーゴ | 2008年2月22日 (金) 02時12分
この大みそかシリーズは大作になってきましたね。
読ませる文章でおもしろいです。
次が気になります。
投稿: bota | 2008年2月22日 (金) 19時42分
いやいや、すごい存在感のあるキャラクターが登場してきましたね。「患者の横でそんなはなししてんじゃねえよ。まだ生きてんだぞ、ばーろー」で不謹慎にも思わず笑ってしまいました。
投稿: 愛読者2 | 2008年2月23日 (土) 09時58分
「だと思っていたら…」、手術室が使用中だった!ちがう?
投稿: 愛読者1 | 2008年2月23日 (土) 13時45分