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2007年11月11日 (日)

いつかは来ない(5)

『ごろつき』東映1968
高倉健と菅原文太という2ショットがめずらしい。二人の役は不景気風の吹く筑豊の炭鉱からひと旗あげようと東京に出てくる若者。腕っ節自慢の健さんはキック・ボクシングジムの門をたたく。筑豊から東京に行ってキックでひと旗というのが時代だなあとおもったんだけど、西成の片隅からボクシングでひと旗あげようと東京に出てきた親子もいるくらいだから今でも通用するテーマなのかな。『東京タワー』だってその要素はあるわけだしな。

金のない健さんがバイトで流しをやるんだけど、そこで歌うのが『網走番外地』に『唐獅子牡丹』、キックボクサーなのになぜか最後は長ドス片手になぐりこむという強引なお約束までありのサービスたっぷりの映画。

沢村忠もワンシーンだけ出てくるんだけど、このころはまだスターになりかけぐらいだったのかな。そんで、沢村忠のことを調べていたら『キックの鬼』『ばくはつ五郎』のあと番組だったというどーでもいいことを発見。『ばくはつ五郎』のテーマを今でも歌えることも発見。好きだったんだよね。最終回は泣いたんだよなあ。

『やくざ囃子』製作=東京映画/滝村プロダクション 配給=東宝1954
ぜんぜん期待してなかったんだけど、けっこうおもしろくて得した気分。主演は当時の大スター鶴田浩二なんだけど、それよりも脇役がいい。河津清三郎、田崎潤、田中春男という『次郎長三国志』シリーズのレギュラーメンバーなわけで、この映画は『次郎長三国志』の合間に撮られたということだからか呼吸もぴったりで、鶴田浩二がいないシーンでは『次郎長三国志』の番外編じゃないかと錯覚してしまうぐらいだった。

この頃の鶴田浩二がどれぐらいスターだったかを象徴するのが1953年の襲撃事件だ。その前年の1952年(昭和27年)秋、鶴田のマネージャー兼松廉吉は、田岡一雄がもちかけた美空ひばりと鶴田浩二で興行を打たないかという提案をはねつけていた。当時の田岡はひばりプロの副社長である。兼松にはその後も田岡に対して礼を失することがいくつかあったらしい。鶴田浩二はそれぐらいビッグだったのだ。

1953年(昭和28年)1月6日、旅館の部屋で高峰三枝子らと食事をとっていた鶴田浩二は四人組の襲撃を受ける。ウィスキー瓶とれんがで殴られ頭と手に11針の傷。暴漢と田岡との関係はすぐに割れ田岡は指名手配を受けるが、永田貞雄の裏工作によって自首が認められ証拠不十分で処分保留、釈放される。その後、兼松は永田の仲介で田岡にわびを入れ和解するが、のちに不審な自殺をとげている。

そんなこんなで、とちゅう何度か寝たりしたけど楽しい三本立てでした。でも、こわれたじじいというのはよく痰を吐きます。こわれたじじいというのはティッシュなんか持っていません。っていうか、ティッシュなんかじゃおさまらないくらい大量の痰を吐きます。床にはそーいうものが落ちています。気をつけてましょう。

(参考資料:猪野健治『三代目山口組 田岡一雄ノート』ちくま文庫2000)

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