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2007年10月

2007年10月29日 (月)

いつかは来ない(2)

抗がん剤つながりの話をひとつ。

ひと月ほど前、そんな抗がん剤治療に苦しみながらひとりのミュージシャンが亡くなりました。

HONZIこと本地陽子さん。

Two Music Two

アーティスト:HONZI
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バイオリン、アコーディオンのすばらしい演奏でフィッシュマンズやUAのサポートとして知られていたが、ぼく自身はここ数年、早川義夫のライブでよく共演するミュージシャンとして気になっていた。2年ぐらい前に乳がんになって治療はいちおう終わり、抗がん剤治療を続け、けっきょく再発転移で亡くなったらしい。

早川義夫については、ジャックス時代はリアルタイムでは知らないわけだけど、70年代末の学生時代には再発されてちょっとしたブームにはなっていたし、94年の復活以降は都内のライブにはできるかぎり通っていた。パリに行ってからは当然離れていて、日本に戻ってからはそのブログを読みながら、行こう行こうと思っているうちに病気になってしまった。

この一年半、退院するたびにHONZIが出る早川義夫のライブに行ってみようと思いつつ、もう少し体力が回復してからにしようなどと先のばにしているうちに手おくれになってしまった。だから実際には早川義夫とHONZIの共演はこのDVDでしか聞いたことがないし、HONZIの演奏もいくつかのCDとYouTubeでしか知らないのだ。「いつか」なんて考えたのが大間違いだったわけだ。

DVD ROOTS MUSIC DVD COLLECTION Vol.10 ROOTS MUSIC 音楽祭2

販売元:ビデオメーカー
発売日:2004/01/31
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「いつかは来ない」なんてずっと前から分かってたはずなのに、ついつい「いつか」なんて甘いことを考えてしまっていたわけだ。だからということでもないんだけど、手足が不自由になり始めてもできるかぎり遊び歩いているぞ。きのうは台風のなか吉祥寺のろプラスティック・ソウル・バンドのライブ。プラソル、この次は12月1、2日、四谷ソケロクで2daysライブだ。

そして、きょうは新宿紀伊國屋サザンシアターで立川談春だ。まだまだ行くぞ。歩けなくなってもバイクには乗れるぞ、ばーろー。

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2007年10月27日 (土)

いつかは来ない(1)

10月4日の抗がん剤投与の数日後から副作用で手足がしびれて動きが悪くなり、ひどくなったりやわらいだりを繰り返しています。症状は大きく2種類に分かれます。ひとつは両手足、とくに足首とひざのあたりがまひして動きにくい。同様に両手の指先もしびれていてよく物を落としたりする。これは8月の抗がん剤治療のあとから少しあった症状で、軽いしびれというのは副作用としてはあることなんだけど、今回のように歩行困難になるほどひどいのは医者もきいたことがないという。でも、現時点ではほかの原因というのは考えにくいので18日の抗がん剤はとりあえずスキップしてみたんだけど、今のところとくによくなってはいない。

もうひとつは、首から胸にかけての手術した周辺が鉄板が入ってしめつけられているような感じになり、ひどいときは肩から首、顔の左半分にかけて突っ張ったような感じで、息も苦しく、よだれがたれっぱなしになる。また、それと連動して入院中に動かなくなっていた右手の小指薬指を中心としてまた引きつったように動かなくなる。こうなると右手はほとんど使用不能。これは手術後まひしていた神経が回復してきていることとも関係があるかもしれないので、かならずしもすべて抗がん剤のせいともいえなくて、とりあえずは様子見の状態。

てな感じで、二ヵ月ぐらい逆戻りしたような状態。抗がん剤の副作用には、嘔吐だとか下痢だとか毛が抜けるだとかいった一般的なもの以外にも、もう何年も使われている抗がん剤でも症例の報告がない初めてのケースということも多く、がんというのは個人的な病気だということを実感するんだけど、実際に流される情報というのは、医師会や製薬業界や厚生労働省だとかの利害を反映してるとしか思えない「苦しまずにがんの再発を防げる」だとか「抗がん剤の副作用はコントロールできる」だとかいういいかげんなものばかりだ。再発の時期をわずかだけ先送りできるかもしれない、というわずかな担保の見返りに、こういう様々な、ときには医師も製薬会社もそんな症例を知らない、予期せぬ副作用を引き受けるのが抗がん剤治療なのだということは誰も教えてくれないんだよね。

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2007年10月22日 (月)

イヤな感じ(2)

ボクシング・ジム経営者の夢はなによりも自分のジムから世界チャンピオンを出すことだろう。パパ金平は9人もの世界チャンピオンを育てあげた。ジュニアがなんとか自分の代でもひとりでも多くの世界チャンピオンを、とあせっていたのは想像できる。でも単純なはなし、時代が違うもんなあ。貧乏なうちの子はボクシングよりはお笑いをめざすだろうし、いまどきのいじめられっ子はふつー内藤みたいにはならなくて、刃物をもったり自殺しちゃったりするんだよな。

パパ金平は対戦相手に毒を盛ったり、悪いことをたくさんした。でも、日本のボクシングを盛り上げた最大の功労者であることは間違いない。ジュニアの方は、今回の一件でもすぐに謝っちゃうとか、頭のいい部分はあるんだけど、そのキャリアの中では最悪になるだろう汚点を残してしまったわけで、今のところオヤジの遺伝子の悪い面ばかり出ている感じ。

でも、亀田ブームの仕掛けには康芳夫さんがからんでいるっていう噂もあるしなあ。たしかに去年の興毅ランダエタ戦ではヤクザだらけのリングサイドのどまんなかにいて、しっかりオンエアされてたからなあ。康さんとパパ金平は深い関係にあっただろうしなあ。奥は深そうだなあ。

亀田兄弟以外のことばかり書いてきたけど、あいつらが何よりも責められるべきなのはボクサーとして弱いということだ。態度が悪いなんてことを責めるのはタイガー・ジェット・シンがサーベルを持っているからといって非難するようなものだ。こんな古いたとえしか出てこないのが悲しいけど。

内藤は決して強いチャンピオンではない。貧乏を売り物にするプロボクサーなんてなんて気持ち悪いだけだ。弱い奴と弱い奴が試合したからあーいうつまらない12ラウンドになっただけだ。そーいう現実に目をつぶって、亀田一家をバッシングし内藤をもちあげる世間の風潮がイヤなのだ。金曜日のテレビ朝日『スーパーモーニング』では長田渚左が、亀田一家が神聖なスポーツを汚したといって吠えまくっていたけどすげえ気持ち悪かった。

朝青龍がサッカーしたって沢尻エリカが態度悪くたってべつにいーじゃねーか。『朝まで生テレビ』では相撲協会のちょうちん持ちみたいな出演者ばっかりで、田原さんの「相撲に八百長はあるんですか?」という質問にはみんな聞こえないふりをしながらやたら朝青龍を非難していた。それと同じ雰囲気が社会全般にある。民主党のトリビア・バッシングも近いものがある。そーいう空気全体がイヤな感じなのだ。というはなしでした。

みんなもうちょっとうまくやってればなあ。亀田vs内藤、遺恨マッチとしてドル箱興行になったのになあ。ってなことを思ってる業界関係者ってぜったいいるよね。

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2007年10月19日 (金)

イヤな感じ(1)

亀田問題です。亀田親子がけしからんとかそんなことではありません。神聖なスポーツを汚しただとか、もっともらしいモラルをたてに亀田バッシングをして得意げな世間の風潮がイヤな感じなのです。

もちろん亀田親子は嫌いだ。ゴミだと思っている。ただ、人々の憎悪を買って金をかせぐというのは、グレート東郷しかりフレッド・ブラッシーしかりタイガー・ジェット・シンしかり、ヒールの基本だから、それであの親子と周囲のたくさんの人たちが食っているのなら、それはそれでかまわないと思っている。勝手にやってくれというだけのことだ。

問題の試合は、パフォーマンスやあおりVTRはうっとおしいので録画をして試合部分だけ、それもところどころ早回しで見た。ぼくはあまりボクシングはくわしいほうではないがはじめからはっきりと分かる反則の連続だった。なにをしてもレフリーが反則をとらないので、プロボクシングもプロレスと同じように5秒以内の反則ならOKというルールになったのかと思ったぐらいだ。ブッチャーのフォーク攻撃が見えないジョー樋口かと思ったぞ。

まず注目すべきはこの点である。レフリーなし一対一の勝負で卑怯なことをしたのなら後から責められても仕方ない。しかし、ちゃんとレフリーがいたのだ。レフリーには全権がゆだねられている。試合を止めることだってできるのだ。もっと早い時間からきびしく反則をとることだってできた。でもそんなことはできない。なぜか。そんなことをしたら、テレビ放映もふくめて興行が成立しなくなってしまうからである。もちろん協栄から事前にそれなりの指示はあっただろう。しかし、試合がいちど始まってしまったらKO以外に試合を止めることは許されない。放送時間というものがあるからだ。総合格闘技のいくつもある試合の一つが秒殺で終わってしまうのとはわけが違うのだ。メインイベントはしょぼかったけど、セミファイナルの試合がよかったとかいうのはありえないのだ。そのぶんレフリーの責任は重くプレッシャーも大きかっただろう。そういう意味でもまわりの言っていることが分からない外人レフリーというのは正しかったのかもしれない。終わったら帰っちゃって追求できないしな。

次に考えるべきなのは、亀田親子は頭が悪いということだ。今回の事件というのはあくまでも一部であって、この何年かにおよぶ亀田騒ぎを問題とすべきであってその全体をひとつの犯罪として考えれば、もちろん亀田親子の単独犯などではありえず組織犯罪である。では、いちばん悪いのは誰か。亀田親子とともにTBSを糾弾する声が多いようだが、これは的外れである。TBSは視聴率をとるという職務に忠実だっただけである。放送局にモラルなんか求めても無駄なのだ。K-1やPRIDEみたいにギャラの高額な外人を何人も呼んでくる必要のない、驚くほどコストパフォーマンスの高いソフトを育ててきただけなのである。もちろん亀田親子のパフォーマンスにはTBS側の放送作家が書いた部分も多いだろうが、それはあくまでもより面白くするためのプラスアルファである。では誰なのか。ここはやはり、力道山やアントニオ猪木にも匹敵する天才プロモーターであり、天才詐欺師であり、極悪非道と言われながらも誰よりもボクシングを愛していたパパ金平、金平正紀の遺伝子を継ぐ金平桂一郎、協栄ジム会長がすべての中心にいると考えるのが筋だろう。

まだまだ長くなりそうなので次回に続きます。

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2007年10月 6日 (土)

健康な人のマネ

「無理をしないように」
退院してから合言葉のようにかけられることばです。あえていうと、これは病人、あるいは病人から抜け出そうとしてる人間にかけることばとししては根本的に間違っている。

渡辺和博さんはまえがきで、かつて骨折したあとのリハビリ中に医師から言われたことについて書いています。

 鏡の前で足を引きずっている私を見て「少し無理をしてもいいから普通に歩きなさい」とおっしゃった。
 先生によれば足を引きずって歩く方が楽だろうけど、それを続けるといつまで経っても治りませんとのこと。
 (中略)
 このとき私は、普通に歩くことは、普通の人の歩き方のマネをすることなのだと気づいた。
 (中略)
 今回入院することになったときも病気になったのだからと落ち込まずに、なるべく健康な人のマネをしてやっていこうと思ったのだが・・・・・・。

骨折とがんは違うというひともいるだろうが、治療を終えて衰えたからだを回復させようという段階にあるという意味では違いはない。手術後しばらくして病棟の廊下をゾンビ歩きできるようになった頃、ほかのじじいの患者よりもずいぶんたくさん歩いているだろうという自信があった。あるとき、廊下を何周かしてベッドに戻るとかなり息が切れていてきょうはちょっと無理しちゃったかなと思ってるときに、検温に来たナースにどれくらい歩いているのかを聞かれた。一日に6周を3回と答えると、今の時期なら最低でも10周を3回でしょうと言われた。それは無理だと言うと、ぜんぜん無理じゃありませんと一蹴されてしまったのだ。いつもどちらかというとへらへらしてるナースの目がこのときは冷たく光っていた。病院にいるとドクターやナースから無理をしろと言われる。病院を出るとまわり人間から無理をするなと言われる。

衰えきった身体はどんなにがんばたって無理はできない。身体に害があるようなレベルまでのことはできないようになっているのだ。ぼくのいまの身体だったらどんなにがんばって運動しようとしても、たくさん食べようとしても、ある程度で自然とストップがかかってしまう。だから、自分では無理だと思う程度までなにをしてもたいしたことはできないのだ。というかそれぐらいまでやらないと、無理をしてでも健康な人のマネをしないといつまでも足をひきずったままだ。「無理をしないように」と言うのは「いつまでも足をひきずったままでいいよ」と言うこととかわりない。

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2007年10月 2日 (火)

ひとさまの闘病記(15)

今年2月に肝臓がんで亡くなった渡辺和博さんの闘病記『キン・コン・ガン!』が文庫に入ったので読んでみました。

キン・コン・ガン!―ガンの告知を受けてぼくは初期化された (文春文庫PLUS 50-24) キン・コン・ガン!―ガンの告知を受けてぼくは初期化された (文春文庫PLUS 50-24)

著者:渡辺 和博
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

正直いって、目当ては本文よりも嵐山光三郎、南伸坊、神足裕司による追悼座談会でした。もちろん中身がつまんないだろうなどと思っていたわけではありません。渡辺和博のエッセイだ。おもしろくないわけがない。でも、闘病記そのものがいまいちだろうなと思っていたのは、この闘病記と渡辺さんの死が直結していないからです。

渡辺さんは2003年にがん告知を受けたあと治療がうまくいき、2005年に奥さんから生体肝移植を受けたりもして、今年まで元気に生き続けました。この闘病記はその2003年の入院のときの記録だから、その後渡辺さんはいちど元気になっているわけで、ついついスリリングさに欠けるんじゃないかとか思ってしまうのです。

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たとえば大島弓子さんの『グーグーだって猫である 2』(角川書店2002)もかなりおもしろいがん闘病記だけど、大島さんは元気になっているので、主人公が死にいたる闘病記とはやはり空気感が違う。

人でなしのわたしは日ごろから「闘病記はやっぱり主人公が最後に死ななくちゃおもしろくねえよなあ」などと言っているので、おもしろいだろう本に素直に手が出なかったりして、いうこーいうねじれた話になってしまうわけですが、ひとがなんで闘病記とか読むのかなと考えると、エンターテイメントとしての悲劇を求める心というのはぜったいにあるはずだと思う。

もちろん患者やその家族がなんらかの参考になればと読む場合もあるわけだけど、セカチューのヒット以降だろうか、映画も出版もテレビもとにかくやたらとがん、白血病だなんだかんだと難病闘病ものにテーマを求める傾向があって、ということはそーいうものが売れるということで、みんなほんとうにひとの不幸が好きなんだなあと思ってしまうわけです。

で、いまさらですが、この本はとてもおもしろかったです。さすが渡辺和博、なんといってもすぐれたアフォリズムがあふれている。サブタイトルにもなっている「ガンの告知を受けてぼくは初期化された」っていうのもかなりいいいんだけど、ぼくがいちばんいいなと思ったのは「なるべく健康な人のマネをしてやっていこうと思った」というフレーズです。

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