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2007年8月12日 (日)

幻覚

手術後のICUでの数日間、もっとも不快だったのは身体的な苦痛ではなく幻覚と現実を行ったり来たりすることの恐怖感でした。

手術のときの強い麻酔の影響で幻覚を見たり「ここはどこ?私は誰?」状態になるのはせん妄と呼ばれよくある症状で、とにかく訳が分からなくなって体に刺さったチューブ類を引き抜いたりしてしまう患者も多く、そのために手術前には「そーいう場合には器具を使って身体を拘束しちゃうけど、いいですね?」という同意書にサインさせられる。

この幻覚もひとそれぞれで、いろいろと登場人物がいて自分が殺されたり、なんか盗まれたりという物語性のある幻覚を見たという知人もいるが、ぼくの場合はいつも動きのないある種の風景がひろがるだけだった。だいたいは殺風景な背景に得体の知れないオブジェのようななにかがぽつんとあるというイメージで、シュール・レアリスティックな、しいていえばマグリット的な風景なんだけど、そのオブジェのようなものがどうもアニメのキャラっぽかったり、怪獣っぽかったりでどうも芸術性にとぼしいのが教養の低さを物語るようで、いま考えるとちょっと悲しい。

澁澤龍彦が『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』で咽頭がんの手術で入院したときの幻覚体験を書いている。そこでは病室の風景が舞楽の蘭稜王やカンディンスキーの絵のように変化したり、瞼の裏にインドの寺院の浮き彫りや江戸時代の錦絵が不快なイメージとして現れたりするのだ。こういうときに出る蓄積された教養の差というのはいかんともしがたいものがある。

で何が怖いのかというと、そのシュール・レアリスティックな風景を眺めているうちに「あれっ、自分はこの風景の中のどこにいるんだろう?自分は何なんだろう?」という疑問がわきあがってくるのだ。その幻覚を見ている間はその風景が自分にとっての全宇宙になっていたんだろう。その宇宙の中で自分がどこにもいないことの恐怖感が高まってきて「わあっー!」となって目が覚める。するとそこには殺風景な病室の風景が広がり、自分は身動きのできない状態にある。そこでまた「ここはどこ?私は誰?」状態になってしまう。この逃げ場のない繰り返しが怖いのだ。

手術後三日ぐらいは四六時中痰を吐き続けなくちゃいけなくてぜんぜん眠れなかったのでこの幻覚を見る一回の時間はせいぜい5分ぐらいだったんだと思うけど、この幻覚から現実に移るときの不安感みたいなのがとにかく嫌だったのでした。

あしたから抗がん剤治療のためまた収監されます。2~3週間の予定です。

都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト (学研M文庫)

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コメント

十分に教養を感じまする~。

投稿: 愛読者 | 2007年8月12日 (日) 21時29分

その後、右手はどうなったの?
心配で見舞いにも行けやしないよ。

投稿: アミーゴ | 2007年8月14日 (火) 03時15分

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