その日の記憶
手術の前日までには、手術室のナース、ICUのナース、麻酔医などいろんな人がやってきていろんなことを説明していったりしてその場ではなんとなく理解したような気になるんだけど、そんなの3歩歩けばだいたい忘れてしまうわけで、覚えているのは手術で摘出された臓器などを見たい場合は家族に撮っておいてもらえとか、CDを持ち込めば手術室で好きな音楽を流すことができるとかどーでもいいことばっかりだ。手術中はずっと眠ってるから好きな音楽もへちまもないと思うんだけど。
当日の朝は浣腸をして腹の中をすっきりさせてから8時半ごろ歩いて手術室へ。大きい病院なので手術室もたくさんある。大小あわせると多い日には50件の手術が行われることもあるそうだ。手術室に入り手術台に横になると背中に痛み止めの麻酔の管を入れるための皮膚麻酔の注射を打つこれがちょっとチクッとする。麻酔の管を入れるときにちょっと押されるような感じ、そして腕に眠るための麻酔の点滴を刺すのにチクッとする。あとはもう眠ってしまって記憶がないので以上2回のチクッが手術で感じた痛みのすべてである。
「三浦さーん!終わりましたよ!」
主治医の大声で目が覚める。まだ手術室だ。時刻は7時30分。手術が9時開始だったから10時間30分。食道がんの手術としてはまあ通常の範囲。ここで意識がはっきりしているか、声がどの程度出るかを確認するために簡単な質問をされる。ここでは計算問題が出なかったので助かった。
ここですぐに起きるかどうかが手術後の第一関門だそうだ。ICUにいる間のことだけど、隣の部屋のひとが手術室から戻ってきてもずっと目が覚めなくて、家族は夜中までずっと待ってたんだけど起きないので沈うつな雰囲気で帰ったようだった。けっきょくそのひとは翌日になって起きたみたいだけど、この目が覚めるのが遅くなるほど脳に障害が残ったりするリスクがあるらしい。
で、病室に運ばれるとドクターたちがやってきて手術の経過を説明してくれるんだけど、いくら意識がはっきりしてきたっていってもその時にはほとんど理解不能。あとから何回も説明してもらっていろいろと理解できた。まあ、懸念されていた頚動脈と気管はがんが浸潤してなかったので切らずに済んだということ、ただ頸静脈はがんに食われていたので切除した。頸静脈っていうのは頚動脈から脳に行った血液の帰り道なわけだけど、これはなくなっても血液はたくさんある毛細血管を伝って心臓に戻ってくるからバイパスは作らなかった。でも、ぼくの場合は放射線治療のよってだめになっている毛細血管も多く顔の左半分はしばらくむくむとのこと。これは今でも少しむくんでいる。
最後に鼻から極小の内視鏡を入れてのどと胃がちゃんとつながっているかを確認してその日はお開き。というわけで手術というのは患者はなんにもがんばらない。がんばるのはドクターやナースなのである。
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