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2006年12月10日 (日)

12月8日だから(2)

ジョン・レノンの話をするとどこかでかならずオノ・ヨーコのことにふれることになってしまうのがつらいところではあります。まあ、いい人なんだとは思うんだよね。きっと。現代アートの人としてもすぐれた存在だったのもまちがいないし。

とはいえジョンのいくつかの曲、とくに数少ないライブ演奏にあのきんきん声がはいっていなければなあ、と思う人は少なくないだろうし、『ダブル・ファンタジー』はジョンのところだけカセットに録音してけっきょくLPよりもそっちばっかり聞いていたという人も多いと思う。でも、ヨーコと出会わなかったらジョンはもっと早くこわれてしまっていたんじゃないかとか思ったりすることもあるわけで、なんともいえないところではあります。

26年前ぼくは20歳で、12月9日の夜は新宿二丁目にあるロック喫茶で友人と飲んでいたんだけどその時点ではジョンが殺されたことは誰も知らなくて、でもたまたま『ロックンロール』がかかっていてジョンの話はしていた。『ダブル・ファンタジー』が出たばっかりだったしね。で、たぶん二人でホワイト(原価売り1100円)を一本空けたくらいで外に出てなんでだか歌舞伎町をうろうろしているときにコマ劇場の売店にジョン・レノン射殺の見出しの東スポが並んでいるのを発見したのでした。

9時か10時ぐらいだったと思うんだけど、けっきょく同じ店に戻って、そのころにはもうジョン射殺の知らせを持ってきたやつがいたりして、そこで朝まで飲んでそのまま店で寝てそのまま学校に行ったんじゃないだろうか。そんでそれからしばらくは毎日のように酒を飲んでジョンの話をしていたんだけど、そのうちの一夜がビンビンさんがコメントをつけてくれた吉祥寺だったんだろうな。

これがあまり酒を飲まない人がジョンの死のショックで酒びたりになったとかいうならまあひとつのエピソードにはなるわけです。でも、ぼくの場合べつにジョンが死ななくても毎日のように飲んでいたんだから、ジョンの死を酒をたくさん飲む口実にしていたというていどのことなので、まあどおってことのないそれだけの話なのではありました。

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コメント

26年前のジョンレノン
私がビートルズを聴くようになった頃には
彼はもぅ死んでいたんだね
なんか不思議
とても懐かしい気がするのに・・・

投稿: lily | 2006年12月11日 (月) 00時19分

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