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2006年8月

2006年8月31日 (木)

ナジャ再開

ナジャは明日から新宿2丁目で再開します。
電話番号はまえとおなじです。

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2006年8月30日 (水)

夏休みの日記(3)

きょうはめずらしく行動範囲がひろがってアクティブな一日だったので書くことがいっぱいあってうれしい。

渋谷シネクイントまで『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』をみにいきました。

昼12時半の回だからしょうがないのかもしれないけどお客さんがぜんぜん入ってないので悲しかった。227席もあるのにいたのは中高年の男女あわせて10人くらい。東京ドームや埼玉アリーナのストーンズ公演がいっぱいになるのと、こういう映画を公開するというのはぜんぜん関係ないんだなと思った。ちかくのシネマライズ『ハチミツとクローバー』にはすごい行列ができていた。みんな若いねーちゃんだった。

映画はつくりが中途半端なサイコホラーみたいで気持ち悪かったけど、ミック役とキース役がなんか雰囲気があってよかった。チャーリー役もよく見るとちょっと似ていたし、こういうほかのメンバーがでてくるシーンはけっこう楽しめたのでもっとみたかった。まだみんな生きているからいろいろとむずかしいこともあったのかな。

道玄坂の香月でラーメンを食べようと思ったらなくなっていたので、てきとうな店に入ったらすげーまずくて悲しかった。旭屋書店が消えていたのはもっと悲しかった。

入院中にみるDVDを仕込みに新宿ツタヤへ。ここは品ぞろえがかなりディープで楽しい。とくに邦画がすごいんだけど、そういうのはまだあまりDVDになっていない。

ふと格闘技のコーナーをみると昔のJWPのビデオが何本かあったので、なんかプラム麻里子の試合が見たくなって一本借りてしまった。帰ってきてみたらカメラワークが悪くてプラム麻里子がよくみえなくて悲しかった。でも、福岡晶はやっぱりかわいかったなあ。HDにとりこんでおこう。

なにやってんだ、おれ。

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2006年8月27日 (日)

ひとさまの闘病記(10)

うつうつひでお日記 Book うつうつひでお日記

著者:吾妻 ひでお
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

漫画家の吾妻ひでおさんは、1989年に突如失踪。路上生活、土方生活を繰り返し、1998年にはアル中で精神病院に強制入院させられました。このあたりのことは、去年ベストセラーになった

失踪日記 失踪日記

著者:吾妻 ひでお
販売元:イースト・プレス
Amazon.co.jpで詳細を確認する

にくわしく描かれていて、最高におもしろくてたくさん賞もとりました。

この『うつうつひでお日記』は退院後、精神科に通いながらの事件なし、波乱なし、仕事なし。読書と抗うつ剤と貧乏の日々のだらだらとした記録、

貧乏でヒマだったんで、これ(日記)を漫画にして出したら食っていけないかなと思って……
というもので、

本屋・レンタルショップ・図書館へ、私の行動範囲はネズミより狭いな

読書・昼寝、なんか一日が短く感じる。生産性のない生活をしてるからだ

という毎日がなんか自分とおんなじでちょっとうれしくて、前回の入院中はぼおっとした頭で何回も読みかえしていました。

何もすることがないと一日が長くてしょうがないという人もいるみたいだけど、そういう人はたぶん人種が違っていて、ぼくは病院にいてもうちにいても一日はとっても短いです。

でもよく考えると、図書館行って、そば食って、昼寝して、アイス食って、Puffyは好きなのにいまだに由美と亜美の区別がつかないところまではおんなじなんだけど、あじまはこの時期に『失踪日記』という傑作を描いてしまったところが大違い。けっきょく生産性あったんじゃねえか。

ちなみに早ければ今週末、たぶん来週中にまた入院します。この本はあちこちにロリ系というか萌え系というかそういう絵がたくさん脈絡もなく描かれていてナースに見られるとはずかしいのでこんどはもっていきません。

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2006年8月23日 (水)

いまさらですが(3)

10月の再戦で大事なのはいかに大晦日のイベントへの期待感を盛り上げるかということで、プロレス的にみれば10月の試合では亀田興毅を負けさせて大晦日にリベンジとなるんだけど、ランダエタではちょっとキャラが地味なので大晦日のメインイベントにはきついような気がします。

本来ならこないだの試合で負けておいて、10月にリベンジ、大晦日にはもっと強そうでキャラもある選手とやらせるというストーリーがいちばん盛り上がったはずなんだけど、あそこで中途半端なかたちで勝たせてしまったというのはやはり頭の悪い演出だった。試合後の騒ぎはべつとして、ああいう試合になってしまうと、10月は勢いでなにをやってもみんな見るんだけど、大晦日がむずかしくなってしまう。

プロボクシングは興行面でもっとプロレスから学ぶことが多いと思うわけです。K-1やPRIDEのように、というかあれはみんなプロレスの延長か。

その点、ここ一番の大試合で負けちゃうというのがアントニオ猪木のすごかったところで、1983年6月2日会社の存亡をかけた第1回IWGP決勝ハルク・ホーガン戦(両国国技館)では失神KO負け、ここで猪木が負けたら興行が成立しないだろうというところですさまじい負け方をして、そのことがハルク・ホーガンの商品価値を高めることになりました。

この決着は翌年までひっぱり、1984年6月14日第2回IWGP決勝でのホーガン戦(両国国技館)ではなんども延長を繰り返したあげくわけのわからないうちに猪木がリングアウト勝ち。納得のいかない観客は暴れはじめ会場を壊すまでの騒ぎになったんだけど、その後も猪木を見つづけた。

1989年4月24日チョチョシビリ(柔道金メダリスト)戦では、新日本プロレス東京ドーム初進出という大舞台で、異種格闘技戦で猪木は負けないというそれまでの常識を裏切って、壮絶なKO負け。このときはひと月後の5月25日大阪城ホールで猪木はちゃんと勝っている。

ちなみにぼくはとてもはたらき者だったのでいっしょうけんめい仕事をしていて両国にも東京ドームにもいけなかったんだけど、大阪城ホールにはそのためだけに行きました。

亀田興毅について猪木はあいかわらずバカなことをいっているんだけど、猪木は何にも考えてないけど直感だけは鋭いぞ、亀田一家を自分の側の人種だと感じてるんだぞ。きっと。

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2006年8月22日 (火)

いまさらですが(2)

「けっきょくは興行なんだから、いろいろと裏はあるだろう」なんていったらみもふたもない。そんなことをいったら、どのジャッジの判定がどうだったとか、あのパンチがどうだったとかいう元プロボクサーたちの解説はほとんど意味がなくなってしまうわけです。かれらがそういうプロボクシング界のタブーにふれることができずにきれいごとですまそうとするのはしょうがないことだろうし。

でも、いちおう鋭い発言をするということでワイドショーとかに出ている識者(のつもり)のみなさんには、出てくるからにはちょっとぐらいは過激というかおもしろいことをいってほしかったわけですが……

二宮清純はスポーツライターという立場から、ボクシング業界からにらまれるのさけたかっただろうけど、興行には裏があるんだということに目をつぶらずに、遠まわしな表現ながらも本音をいおうとしていて、ちょっとだけ過激だった。「興行にはこういうことはつきものだけど、今回のは許容範囲を越えた」「亀田は禁断の果実を食べた」「ボクシングが死んだ日」やっぱり、うまいよね。

やくみつるは、そういう裏の話をおれは知ってるけど今回は触れずにおくよというそぶりをみせながら、亀田興毅のマナーが悪いだの、亀田親子の態度は教育上よくないだのきれいごとばかりいって、つまらないパフォーマンスをして最低だった。亀田興毅のマナーが悪いのはボクサーとしてのパフォーマンスだからかまわないんだ、というガッツ石松のほうがずっとまともに見えてしまった。

勝谷誠彦も同じ。自分は裏情報をたくさん入手しているんだけどそのことには触れずにおくなどと思わせぶりなことをいいながら、あの態度は立派なチャンピオンに対してに失礼だとかやくみつると同じようなきれいごとに終始していた。でも「今回のことは、全国の人が大阪に対して持っている、ああ大阪では何をしても許されるんだ、大阪は二重駐車でもなんでもありの治外法権なんだ、というイメージを裏付けることになったのが罪深い」っていうのはちょっとおもしろかった。

立川談志やしきたかじんは、ふだんは権威にたてつく、だの社会の欺瞞を暴くだのを売り物にしているような連中が「あれは八百長だ!八百長だ!」と今回の試合だけ特別だったかのように正義漢ぶってるのがいちばん気に入らなかった。この二人の番組はそれぞれ東京と大阪のローカルなので、自分たちは全国ネットのテレビの連中がいえない過激なことをいってるんだ、すげえだろ、という逆特権意識が鼻につく。談志の番組では野末珍平「プロレスとボクシングは昔は違ったけど、今は同じになった」という本質を突いたことをぽろっといったんだけど談志は無視していた。

というわけで、みんなとりあえず吠えれば過激そうに聞こえるというだけでお上品な発言ばかりでした。ふだんはワイドショーのコメンテーターってなんて下品だなあとかいってるくせに、そいつらについてコメントするなんてもっと下品なことをしちゃいました。

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2006年8月20日 (日)

いまさらですが(1)

もうみんな忘れてしまった話だろうけど、亀田・ランダエタの再戦が具体的になってきたようのでちょっとだけ。

8月2日は抗がん剤集中砲火で、亀田の番組はテレビつけっぱなしでぼおっとしながらも最後の試合の部分はいちおう見ていました。そのあと数日のワイドショーなどでの大騒ぎのことはあとから知って、入院中は接続がおそくて動画が見られなかったので退院してからネット上でいくつか見てみました(Youtubeはもうみんな削除されちゃったけど)。

で、思ったのは、なんでみんなそんなに騒ぐんだろう?べつにいーじゃん、ということ。プロレスと同じだと思って見ればああいう展開は驚くことでもなんでもない。こういうことをいうと「プロレスはショーだけど、ボクシングは真剣勝負のスポーツだ。いっしょにするな」という人がたくさんいるんだろうけど、あの横浜アリーナに1万5千人集めた興行っていうのは全体としてみてショー以外のなにものでもなかったし、番組はバラエティとしてひきつけるものがあったから42.8%なんていう数字をたたき出した。

ようはそれだけのことで、個人的には亀田一家なんか大嫌いだけど、今回の亀田バッシングやTBS批判はほとんどが的外れだったということ。各局のワイドショーだってこのTBSのおこぼれでちからいっぱい商売したわけで、ネタも夏涸れのこの時期に各番組の担当者はみんな喜んだはずだし、だれも損はしていない。ボクシング業界だって注目されるのはぜんぜん悪いことじゃない。

プロボクシングというのはあくまでも「ボクシングは真剣勝負の純粋なスポーツだ」という幻想を売るビジネスで、そういう意味ではかつてプロレスが「プロレスラーは本当にいちばん強いかもしれない」という幻想を売りものにしていたり、その後K-1やPRIDEが「これはプロレスと違って真剣勝負かもしれない」という幻想のもとに人気を集めているのとなにもかわらない。この幻想というのは、夢だとか勘違いという言葉におきかえてもいいんだけどプロ格闘技の興行というのは、そういう幻想だったり、夢だったり、勘違いを楽しむ娯楽だと思う。かつて毎週20%以上の視聴率をほこっていたプロレスはそういう求心力を失ったから、ほとんど世の中から消え去った。

今回の試合に問題があったとすれば、勝谷誠彦がいう頭の悪い演出のせいでこの「ボクシングは真剣勝負の純粋なスポーツだ」という幻想にちょっとだけひびが入って、「ボクシングとはいってもやっぱり興行か」と考える人がちょっとだけ増えただけのこと。二宮清純がボクシングが死んだ日といったのはそういうことだろうけど、これだけみんな騒いでいるということはこの幻想はまだまだ力強く残っていくんだろうな。

なんでこんなどうでもいいことをしつこく書くかというと、このブログを読んでいる人の半分くらいは知っていることだけど、ぼくはかつてちょっとだけプロレスファンだった時期(30年くらいだけど)があって、「やーい、プロレスなんて八百長じゃないか。ほんとうの格闘技っていうのボクシングみたいな真剣勝負のことをいうんだよ。八百長!八百長!」などとあざけられ虐げられてきた暗い過去があるからで「やーいボクシング、ざまーみろ」というひねくれた気持ちからのものです。

ずいぶん長くなってしまいましたが、プロレスファンはK-1のファンみたいに明るくないぞ、虐げられてきた日陰者のうらみは海より深いぞ、まだまだ書いちゃうぞ!ばーろー!

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2006年8月18日 (金)

復旧しました

お店まで行って簡単になおっちゃったらはずかしいので
いちおうカバーを開けて、バッテリーをはずして
FOMAカードを外したり入れたりガチャガチャやっていたら
なにごともなかったかのように復旧しました。

最初からそれぐらいやれよ。

ということで、お騒がせしました。

だれも騒いでないか。

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2006年8月17日 (木)

携帯が死んでます

携帯が死んでいることを発見!

ここ数日のあいだ携帯に連絡をいただいた方、ごめんなさい。

リサとガスパールだった待ち受け画面が、何日か前に突然デフォルトの変な画面になっちゃってどうしたのかなあと思っていたんだけど、とりあえず電源は入っているのでそのままにしといたら実は死んでいて、かけると留守番電話で着信記録もつかなくなってます。

FOMAカードというのが死んでいるみたいで、とりあえず明日ドコモショップに行ってみます。

お急ぎの方はメールください。

って急ぎの用なんかべつにないか(^^;

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2006年8月16日 (水)

ひとさまの不幸(1)

というわけで退院しました。

となりのベッドでは入院10回目というおっさんが、抗がん剤の副作用でウンウンうなりながら眠っていたんだけど、この人の話をきくとぼくの副作用なんかまだまだ二等兵レベルだなあと思うものです。

この人は副作用以前にがん歴がすごくて3年前60歳のときに胃がんで胃を全摘出、そのあとしばらくすると食道がんが発見され食道を全摘出、もう胃がないので大腸の一部を食道のかわりにする手術を受けました。ようするにのどの下に大腸の一部、次に小腸そして残りの大腸、肛門という順番になりつなぎ目が三つになるわけです。で、そののどのつなげた部分がうまくくっつかなくて再手術、それぞれの端を少しずつ切り取ってつなげ直しました。これは江國滋さんとおなじですね。

こんどはうまくつながったんだけど、そうこうしているうちに肺への転移が発見されまた手術。これで話は終わらなくて、ついに食道というかもと大腸というか、とにかくそのつなぎめにがんが再発します。そこではもう切るところがないよということで、放射線と抗がん剤併用の治療を受けがんは見えないくらいに小さくなり、再発予防のために抗がん剤治療がはじまります。このあたりはぼくといっしょですね。

ここでやっと副作用の話になります。抗がん剤の種類も量も期間もぼくと同じだったんだけど、副作用で腸閉塞、排尿困難、口内炎をおこし3週間食事もできず苦しんだそうです。で、次からは量を8割に減らしてそれほどの副作用はなくなったので治療をくりかえし今回が4回目の抗がん剤投与。

抗がん剤について説明しようとするナースには「どれぐらい苦しいかもう分かっているし、慣れたもんですよ」とだけこたえる言葉のはしにはあきらめ感がただよっているようでもありました。

ふつう胃がなくなると一回にとれる食事の量が減るため病院食も一日5回になるんだけど、この人の場合は7回に分けて食べないと十分な栄養が取れないということで、夜はいちど寝てから夜中に起きてパンとかをちょびっとだけ食べたりしてるみたいでした。

頼藤和寛さんが、がん患者は病気と闘ってなんかいなくて治療の苦しみに耐えているだけなんだというようなことを書いていたけど、この人の場合なんかまさにそんな感じ、治療地獄です。

で、そういう人の姿を見て「自分はめぐまれているんだな、これからはもっと摂生して生きていこう」なんてことはぜんぜん思わなくて、病院を出るといきなり砂場で昼酒一合。「なんだ近所にうまいそば屋があったじゃないか、めでたいめでたい」なんてことをへらへら思いながら十条に戻り、「なんだ斎藤酒場はきょうまで休みか、残念残念」などといいながら昼寝、惰眠をむさぼるのでした。

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2006年8月15日 (火)

いい知らせ

清志郎の経過良好だそうです!

ちなみにどうでもいいことですが、この記事にあるスティーブ・クロッパー54歳というのは間違いで正しくは64歳です。そんなに若いわけないだろうと、ヒマなんで調べちゃったけど、『ブルースブラザース』のとき38歳くらいだったのか。うーん。
1941年生まれってチャーリー・ワッツといっしょぐらいかなと思ったらぴったりだった。うーん。
なにが「うーん」だかよくわかんないけど。

チャーリー・ワッツも喉頭がんだったんだ。知らなかった。

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あした退院

きのうの採血の結果、白血球値が高め安定ということで、まだまだ倦怠感はあるけどあした退院することになりました。この暑さのなか、だるいのは日本中みんな同じだよな。点滴が抜けるとナースもあんまりかまってくれないし。いいんだ、こんな病院出てやる!

ひと月ぐらい後にまた入院しておなじ治療をするということで、それほどうれしくもない退院です。

はじめの病院に入院したのが2月15日だからきょうでちょうど半年、入院期間は105日、半分以上を病院で過ごしたことになります。

いつまで続くのかこの治療地獄、って感じ?

別名ナース天国ともいうけどね。

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2006年8月14日 (月)

夏休みの日記(2)

きょううれしかったこと
ウィキペディアの『ケロロ軍曹』の項目がしばらくクローズになっていたんだけど、すげえディープになってリニューアル・オープンした。

『ケロロ軍曹』はいろんな漫画・アニメ・ヒーローもの・テレビドラマの「引用の織物」になっていて、ここではその元ネタについて解説しているんだけどぼくはその元ネタの大部分を知らない。特に主要なネタになっているらしいガンダムシリーズやロボットアニメについては知識ゼロ。なんとか分かるのは初期ウルトラマンシリーズ・高橋留美子もの・ど根性ガエル・北斗の拳・ドラゴンボール・エヴァぐらいかな。自分ではそういう部分をおもしろがっている感じではないんだけどなあ。

でもこの記事には「しかし、それらを知らない低年齢の児童でも充分に楽しんでいる」とあるのでどちらかといえばそのレベルで楽しんでいるということか。5歳の甥も力いっぱい楽しんでるみたいだしなあ。こんなことでいいのだろうか。

アニメの『ケロロ軍曹』
は2004年4月に放送が始まっていてぼくが見はじめたのはさいきんなので、平行してDVDで最初から見ていていま5本目まで見終わったところ。回をおうごとにキャラが増えてきて、カエルのキャラは色が違うので分かるんだけど、それ以上に女の子のキャラが増えてきてもう誰が誰だか分からなくて、ついていけなくなってきている。テレビに出てくるアイドルがほとんど固体識別できなくなっているのと同じ症状だ。

きのう悲しかったこと

病室の窓は東京湾方面に向いているんだけど大きなビルだらけなので花火の音だけ聞こえてなんにも見えなかった。

『笑いの金メダル』のワンミニッツショーでガンダムのアムロ(主人公だったらしいけど知らない)をパロディにしたネタをやった若手芸人がいて、ガンダムがまったく分からないぼくはぜんぜん笑えなくて「なんだこいつ」とか思っていたんだけど、スタジオではいちばん受けていて一週勝ち抜きになってしまった。

きのうのゾンビ歩き
あさ4周、午後4周。

きょうのゾンビ歩き
あさ4周、午後4周。この廊下の回遊では、べつに決まってるわけではないんだけどみんな陸上トラックと同じ方向(反時計まわり)に歩いている。でも、きょうは一人だけ反対向きに歩いているおやじがいて迷惑だった。

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2006年8月12日 (土)

夏休みの日記(1)

きょううれしかったこと
昼ごはんが冷やし中華だった。ほぼ完食。
そのせいかどうかわからないけど、もう食事でじゅうぶん栄養が取れるだろうということで点滴が抜けた。冷やし中華ぐらいでどうにかなるような状況だったってことか。あとはまだ白血球値が上がったり下がったりしているのでこれが安定してくれば退院できるはず。

きのううれしかったこと
友だちがチャーのレアものCDセットをもってきてくれた。
すげえうれしくて興奮して、眠剤を飲むのを忘れて寝入ってしまいなんかこわい夢をみて夜中に目が覚めて眠剤を飲んで寝なおした。夢の内容は忘れた。

きのう悲しかったこと
『ケロロ軍曹』を見忘れないようにビデオで予約録画してたんだけどチャンネルの設定がまちがっていて『スーパーJチャンネル』が録画されていた。
ここのテレビはケーブルでテレ朝が49chテレ東が51chとかなっていてわかりにくくてしょうがない。

書き忘れていたうれしかったこと
裏工作のかいあって北病棟にひっこした。
4月に新人ナースだった○○ちゃんが「三浦さん、戻ってきてくれたんですね」とキャバクラのねえちゃんのような社交辞令で迎えてくれたので「いやあ○○ちゃんに血を採ってもらうのが楽しみでまた来ちゃった。こんどは痛くしないでね」というセンスあふれるトークでこたえたんだけど、○○ちゃんの化粧が濃くなっていたのでちょっと心配なサタデーナイトです。

きのうのゾンビ歩き
あさ4周、午後2周。

きょうのゾンビ歩き

あさ4周、午後4周。午後は点滴スタンドなしだったのでかなりよろよろしてて、時々ひざがカクッとなってかなりゾンビっぽくっておもしろかった。

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2006年8月10日 (木)

ゾンビの群れ

副作用の基本はやっぱり倦怠感で、ひどいときは全身がしびれたような感じでとにかくうごけない。ベッドからおりるのはトイレぐらいなんだけど、とにかく気合いを入れて立ち上がり点滴スタンドにすがって行くありさまでした。あと今回は嘔吐感もけっこうあって、分からないひとには分からないだろうけど、二日酔いのあさ歯をみがこうとするとオエっとくるぐらい、ゲロまであと半歩ぐらいのかんじで実際に吐くことはありませんでした。 

病棟では朝食後ベッドの掃除があって、うごける患者はいちど病室から追い出されます。そこで、元気なひとは足腰が弱らないようにとかリハビリのために、一周すると100メートルぐらいの廊下をぐるぐると回遊します。この時間は点滴スタンドをおしたゾンビみたいなのがたくさんよろよろと歩いていて、なかなか不気味な光景です。で、模範的患者のぼくもできるだけ回遊するようにしていて、これがその回数。

8/2(水)0周(抗がん剤集中投与)
8/3(木)6周
8/4(金)6周
8/5(土)0周(抗がん剤投与終了)
8/6(日)0周
8/7(月)0周
8/8(火)2周
8/9(水)4周
8/10(木)4周

てな具合にもたもたと回復しています。

とうぜん一時は食欲も完全になくなったので点滴で栄養を補給してる状態ですが、きのう深作欣二『人斬り与太 狂犬三兄弟』を見ていたら、渚まゆみが食べているラーメンがすごくまずそうだったんだけど、なんかとってもラーメンが食べたくなって、でも地下の食堂にはラーメンがないので、しょうがなく売店で買ってきた一平ちゃんを完食できるぐらいには、これも回復しています。

でも首に点滴がつながった坊主頭のおっさんが、ヘッドホンをしてカップラーメンを食べながら、パソコンに向かって『ケロロ軍曹』を見てへらへら笑っている光景は想像しないでね。

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2006年8月 8日 (火)

武器よさらば

今どきの病院食を運ぶワゴンには保温及び冷蔵機能がついていて、けっこう巨大で補助駆動のモーターもついています。さらにトレイが動いて食事がこぼれないようにきちんと固定できるようになっているんだけど、トレイをきちんと固定するにはガチャっとうまくはめ込まなくてはいけません。

昨日の夜、ぼくはいま点滴スタンドが杖がわりなので、いつものように片手でトレイを戻していると、とても元気そうなオヤジが「いやあ、片手で器用なもんですねえ。わたしなんか不器用で不器用で何回やってもうまくできないんですよ」とトレイをガチャガチャやりながら話しかけてきました。こっちはだるくてそれどころじゃないので「はあ」とだけ答えたんだけど、オヤジはいきなり「こんな不器用なわたしでもヘミングウェイの『武器よさらば』ぐらいは知ってるんですけどね、うひゃひゃひゃひゃ」ときたのです。

もともとこういうオヤジをあまやかす習慣はないし相手をしてるとどんどん免疫力が下がりそうなので、また「はあ」とだけ答えぶぜんとするオヤジを残して病室に戻ったんだけど、ぼけオヤジはそんなことではへこたれないのでした。

なんとオヤジはそのあともトレイをガチャガチャやりながら網をはり、獲物がかかるのを待っては『武器よさらば』攻撃をかましているのです。ワゴンがけっこう近くにあるので、その声がきこえてくるんだけど、とうぜんみんな困惑するばかり。そこで「それはオチのもっていき方が違うだろ」ぐらいのツッコミは入れて注意してやるなんてことはなくて「これでがんが再発したらぜったいお前のせいだからな」と殺意を抱きながらヘッドホンをかぶって頭脳警察をきくのでした。病人の前で免疫力が下がりそうなギャグはやめましょう。

ということで、抗がん剤の投与は日曜までだったんだけどさすがに今回の副作用はただものではなくまるで病人のよう(いちおう病人か)でしたが、ぼけオヤジに殺意を抱けるぐらいには回復してきました。

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2006年8月 3日 (木)

きょうは暑かったようで

きのうはさすがに一日寝たきりでした。薬のせいで眠くてしょうがないんだけど20分おきぐらいに尿意がおそってくるのでちょっと眠ってはトイレに行ってというくり返しで、亀田戦のあたりでようやくおさまってきたのかな。

きょうはだるさというか、倦怠感というか、なんにもしたくない感と軽い嘔吐感がずっとあるんだけどこのブログを書けるぐらいには元気です。高見順の日記にも、本を読む気力はないが日記をつけることはできる、という記述があったけどなんとなく分かる感じ。

とはいえ一日の過ごしやすさということでいえば、入院前よりはずっと楽なのは確かです。なにしろ暑い外にはぜんぜん出なくていいし、暑すぎず寒すぎず気温が一定の場所にずっといられるだから、冷房完備の病院はありがたいなと思ってしまうわけです。こんなあたりまえなことがありがたいと感じたのは、病院でも冷房がないのがあたりまえなフランスでの猛暑の記事が目にとまったからです。

ことしヨーロッパは2003年以来の猛暑で、フランスでは暑さが原因とされる死者がすでに64人(7月13~26日、最高気温40度)でているそうです。なにしろ2003年の夏にはフランス全土で1万5千人の死者が出て、どこかの町では死体の収容設備が足りなくて広場に臨時にエアテントの冷蔵室を建てて死体を冷やしてます、なんてニュースをテレビで流してたぐらいだから、それに比べれば今年はかなり少なくなるかなというニュアンスでもあるみたい。

この時は最高気温が44度とかで、亡くなった人の多くは病院や養老院にいたりアパートで一人暮らしの老人だったんだけど、そりゃあんな猛暑の中で冷房なしじゃ死ぬよな、年寄りじゃなくたってやばいよなって感じでした。もともと電気店にも冷房器具なんてコーナーがないわけで、あわてて扇風機を輸入して店頭に積み上げているありさまでした。もちろんその時の教訓をいかして、ことしは政府各機関もいろいろと手をうったみたいだけど、基本的には夏でも冷房が必要ない気候のフランス全土に冷房が普及するわけもなく、もともと暑さに弱い身、この夏フランスで入院してたらやばかったなあと思った次第でした。

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2006年8月 2日 (水)

メイン・イベント

きのうから化学療法(抗がん剤)がはじまりました。薬は前回と同じ5FUとブリプラチン、抗がん剤の基本メニューです。今回はとりあえず一週間投薬を続けた後に一回ストップ、副作用の様子をみてその先を考えるということです。それによって入院が二回になるかもしれないし、今回の入院を長めにして一回で終わりということもあるようです。

まず、きのうから始まった5FU、1,050mgを同量の生理食塩水で割って24時間かけて注入します。これは前回の4倍の量で土曜まで毎日続けます。そして、きょうがメイン・イベントです。

ブリプラチン、一般にはシスプラチンという名前で流通している白金製剤、その名のとおり白金が入っているらしい。これをきょうだけ、105mg、前回のおよそ20倍の量を500mlの生理食塩水で割って2時間で入れます。これはかなりきつい副作用が予想されるため、吐き気予防の薬が3種類、ほかにもアレルギー予防の薬だのカリウム補給だの利尿剤だのと、むちゃくちゃな数の薬が点滴で次々と体に送り込まれることになっています。

抗がん剤は基本的には毒なのでなるべく早く体から洗い流した方がいいということで、これらの薬以外にも生理食塩水だのなんだのがきょう一日で7リットルも体に流しこまれて、とくに腎臓を傷める可能性があるということで利尿剤まで入れるようです。

前回は後半かなりだるくはなったぐらいで副作用の基本コースである嘔吐感や下痢はなかったんだけど、今回は量がぜんぜん違うわけで、いってみればビール中瓶一本と日本酒一合飲んで「これぐら大丈夫だぜ」とかいってるオヤジに、いきなりビール4本と日本酒2升のませるみたいなもの、あまり大丈夫だとは思えない。

というわけでこのあとどうなるか予想がつかないので、この記事は朝のうちにアップしておきます。と書いているうちにも点滴スタンドには次々と袋やボトルがぶる下げられて、点滴のチューブはタコ足となっていく。おっ、頭がぼおっとしてきたぞ・・・・・・

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