2009年7月 7日 (火)
2009年6月25日 (木)
今年はプラソルがくるぞ!
みゅう弟です。
この話を聞いた時、「これは兄貴はきっと喜ぶだろうな!」と思いました。
以前、このブログでも兄貴が大絶賛していたPlastic Soul Bandが「Player」誌で取り上げられました。「Player」と言えばRockを扱う音楽雑誌の中でも老舗中の老舗。兄貴も昔から良く読んでいました。インディーズでの活動とは言え実力派のプラソル、「Player」に載るなんて凄いです。さすが「Player」、本物を見る目があります。
僕も早速この号を買ってきて兄貴に報告しました。
そんなイカしたプラソルがまたもやってくれます。
今やフジロックと同様、夏の風物詩となった<サマーソニック>出場に向けて動き出したのです!!
でもさすがにこれに出場するのはなかなか難しい。演奏の実力だけではなく人気も必要です。エントリーしたバンドの投票が行われ、上位200バンドが2次選考に進むそうです。
今ちょうどその投票が行われています。
このブログをご覧になって頂いてる方々にも、ぜひ「ポチっとな」と投票をして頂けると嬉しい限りです。
投票はこちらからお願いします。
2009年6月21日 (日)
三浦真司の居場所 1 <愛しき音楽バカ達と共に>
みゅう弟です。
兄貴はこの場所が大好きだったようです。
兄貴は中学の頃からRockが好きで、その頃からずーっとギターを弾いていました(CHARさんに対しては、ほぼ「追っかけ」状態)。学生の頃はバンドを組んだりしていましたが、社会人になってからは、家でちょこちょこ弾く程度。それでも、ギターはいつも手元に置いてあり、様々なギターを買ったり売ったりしながら、ずーっと弾き続けていました。
そんな中、ニフティのパソコン通信で知り合った音楽仲間のセッション・サークルに入り音楽活動を続けていました。
メールやBBSの情報のやり取りだけで、曲や演奏パートを決め、各自練習し、セッション当日初めて一緒にライブ演奏する、という形態をとっているようです。兄貴は年に数回開催されるこのセッションをとても楽しみにしていたようです。フランスに行く時も、「日本を離れる唯一の心残りは、このセッションに参加でき無くなることだった。」と後から言っていた程です。
このセッション・サークルを通じて知り合った友人たちは、学校や会社、仕事等とは全く切り離されており、本当に「音楽」の一点だけで結ばれている仲間たちです。
兄貴がガンになってからも、この仲間たちはお見舞いに来てくれたり、このブログにコメントをしてくれたり、いろいろと心配をしていてくれて、葬儀にも参列していただきました。
葬儀後、このセッション・サークルの主宰の方へお礼の連絡をしたところ、ちょうど年末の納会があるということでご招待いただきました。この納会で兄貴が僕のバンドのライブで最後に歌った曲を追悼演奏してくれるとの事。僕は兄貴の「気絶ムス」を持って駆けつけました。
ライブハウスに集まった50~60人くらいのサークルのメンバー達。会の最初に、兄貴のためにみんなで黙祷を捧げてくれ、そして演奏が始まりました。
実際に楽器を演奏する人、聴きに来た人、飲みに来た人、参加の仕方は様々です。でも全員が本当に心の底から音楽を楽しんでいました。それが僕にはひしひしと伝わってきました。皆が皆、あんなにも楽しげな表情で、演奏を楽しんでいる、音楽を聴くことを楽しんでいる、仲間との会話を楽しんでいる、酒を酌み交わすことを楽しんでいる。
兄貴がこの場所で、この仲間たちと、こんなにも楽しい時間を過ごしていたんだと思うと、嬉しくて仕方がありませんでした。きっと兄貴もこんな楽しげな表情で、ギターを弾いたり、酒を飲んだり、笑ったりしていたんだなぁと。ここは兄貴の居場所だったんだなぁと。皆さんの笑顔を見ながら僕はそう感じていました。
そして、僕は音楽を愛する者の一人として、こんなにも大勢の「音楽バカ」の方々がいるということが、たまらなく愛おしく感じました。
主宰の方に「気絶ムス」を弾いていただいて、兄貴が最後に歌った、JL&Cの「Song In My Herat」が演奏されました。僕は客席で聴かせて頂きました。本当に本当に暖かい演奏でした。
蒲田組の皆さん、ありがとうございました。
2009年6月14日 (日)
2009年6月 6日 (土)
ようなもん
みゅう弟です。
赤羽への引越しが決まり、準備のため十条の家へ。
調子が悪い兄貴は昼飯は要らないというので一人で外で食べることに。十条の、貧乏くさいけどうまい食べ物はないかと兄貴のお勧めを聞いてみたけどなかなか決まりませんでした。僕はふと兄貴のブログの記事を思い出し、「そうだ、あのカレー食べてみよう!」。
兄貴は「おぉ、いいねぇ。感想教えてよ。」と言って妙に喜んでいました。
店に入りカレーライスを注文。やる気の無さそうな爺さんがおもむろに調理を始めました。レシピは兄貴の言うとおり、とてもカレーライスを作っているようには見えません。
出来上がり。
※画像はイメージです。ネット検索で似た感じのものをさがして見ました。
恐る恐る食べてみると、それはどう贔屓目に見てもカレーライスではなく、「カレーライスのようなもん」でした。もう少し言うと、具がたまねぎと豚肉だけのカレー味の中華丼に似たぶっ掛けご飯でした。おまけに福神漬けは無く、小皿にきゅうりと大根のぬか漬けが出てきました。
でも、意外と旨い。
僕は、「これをおいしいと感じてしまって本当にいいのだろうか?」と自問自答をしながらも完食。
部屋に帰って兄貴の報告すると、「えぇっ?!うまいの?」と驚いた後、笑って嬉しそうでした。
ごちそうさまでした。
2009年5月24日 (日)
フランサー帰国
みゅう妹(in-law)です。
一年前の今日、カンヌ映画祭後しばし単身で滞在したパリから帰国した兄さんを家族みんなで成田へ迎えに行きました。相当疲れているであろうと心配していましたが出口から出てきた兄さんは非常にテンション高く元気でした。
ロビーの椅子に座るや手荷物をガサガサやって「おみやげ!」と息子に可愛いビニール袋を2つ差し出しました。中身は息子の大好きな『リサとガスパール』の絵本。(もう一つの包みは同じく『リサガス』大好きな石垣島在住の息子のガールフレンドの分!)日本では大人気のこのシリーズがフランス生まれなので出発前に「本国でどれくらい人気があるのか現地在住の方に聞いてきて欲しい」という話はしていたけれど。「いや~それがさあ、向こうでは誰も『リサとガスパール』知らないんだよ」と可笑しそうに話し出す兄さん。聞けば知人にお願いして本屋さんを何軒か回ってもらってやっと買えたものだったそう。
この絵本だけがカンヌ~パリ滞在の唯一の正式な?おみやげでした。後でカンヌ映画祭入場記念のバッグも息子にくれました。今も愛用してあちこちに持って行っています。家族といるときは口数の少ない兄さんが、帰りの車中でも、途中で寄ったファミレスでも楽しげで饒舌だったのを思い出すと、奇跡的なあの渡仏の色々に改めて感謝しないではいられないのです。
※フランサー:息子が兄さんのフランスでの写真を見て、つけたニックネーム。フランサーと言われてニヤニヤしていました。
2009年5月23日 (土)
2009年5月18日 (月)
2009年5月15日 (金)
Please, play it loud
みゅう弟です。
一般向けの告別式も終わり、若干落ち着いてきたようなので清志郎さんのことを書こうと思います。
僕が高校2年の時、僕の誕生日に兄貴がこれをくれました。特に毎年プレゼントのやり取りなどしていなかったのに、なぜ急にこれをくれたのかは不明ですが、異常に嬉しかったことを覚えています。うれしくて、うれしくて家の中で奇声をあげながら大騒ぎしている坊主頭の僕の横で、兄貴はニヤニヤしていました。
生きていればきっとこの場に何か書いたと思いますが、兄貴の清志郎さんへの思いは以前に「日本の宝」として書かれてるので、皆さんに今一度読んで頂ければと思っております。
清志郎さん、ありがとう。愛してます。

















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